「このあたりで一段飛ばしに飛躍しないと、せっかくコツコツと築いてきたものが無駄になる。体力が落ちてからジタバタしても手遅れだから、5年先を見据えて、今のうちに会社の本質から変えていこうと思ったんだよ」と、石川は言う。
「逃げちゃいけない。このチャンスに立たないと一生立てないと思ったから…」
そう言ったあと、石川は一つの俳句をあげた。
「風車、風が吹くまで昼寝かな」
戦時中に詠まれた広田弘毅元首相の句である。逆境におかれても、じたばたとあせって動くべからず。悠然と構えてチャンスを待て、との意だという。
これまでは一歩行くべきところを半歩にして、常に相手に花を持たせていた。しかし、そうやって「昼寝をしている間」にも、風が吹いたらすぐに動けるよう、着々と準備をしてきたのである。
『攻殻機動隊2』を作る決意をする
水面下で動いていたロサンゼルスのオフィスも、97年には本格的に法人登記した。ハリウッドのビジネスに詳しい税理士や弁護士を揃えて現地法人にしたのだ。
当初雇ったアメリカ人の社長は、マニア向けのコンベンションに参加するなど、オタクにしか目を向けなかった。それが不満だった石川は、これを機に自らが社長に就任し、より幅広い層に向けて地道にI.Gというブランドを根付かせる努力をしたのである。
2000年に日本で、翌年にアメリカで発表された、フルデジタルの『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(監督・北久保弘之)と、アナログの『人狼JIN-ROH』(監督・沖浦啓之)は、お互いにまったく違う個性を持つ劇場作品として、I.Gの実力をアピールするのに一役買った。
この2本は内外の賞を数多く受賞したが、特筆すべきは、『BLOOD…』が社内の企画者育成プログラム「押井塾」から生まれた企画であり、I.Gがはじめて原作権を獲得した作品だということだ。原作の権利を持っていること、脚本を書ける人間を社内に揃えていることは、新たなステージを目指すI.Gにとって強力な武器となる。
そして石川はある大きな決断をする。劇場版の『攻殻機動隊2』を自分たちで製作しようと決心したのだ。資金は海外で調達し、海外でまずヒットさせてから、その評判を日本に逆輸入する。
ついに「風」が吹いた。風車を回すときが来たのである。
※本文敬称略
(全 3 ページ中 3 ページ目を表示)
あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください
この連載のバックナンバー バックナンバー一覧へ 画面先頭に戻る
- ジャスダック上場! 次のステップへ (2006/02/03)
- チャンスとリスクで育つ人材 (2006/01/26)
- 興行大失敗、でも“博打”に成功 (2006/01/19)
- 『攻殻機動隊』続編が『イノセンス』になった理由 (2006/01/12)
- アニメ業界の、頼りがいのある“アニキ” (2005/12/22)

