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カンヌの“政治”に破れる

カンヌでの手応えは確かにあった。

カンヌ映画祭に臨むブラックタイ姿の石川社長(左)と押井監督(中央)

押井監督には世界中のメディアから取材が殺到。公式上映の夜、カンヌの観客は5分間のスタンディング・オベーションという最大級の賛辞で押井監督をたたえた。

鳴り止まぬ拍手に応え、監督は何度も何度もお辞儀を繰り返した。うっすらと目に涙を浮かべながら…。

だが、パルムドールはマイケル・ムーア監督の『華氏911』にさらわれた。このニュースは世界を駆け巡り、ブッシュ政権を脅かすほどの社会的インパクトを与えたのだ。

「マイケル・ムーアは決死の覚悟でカンヌに乗り込んでいた。すごいキャンペーンで、カンヌの街中マイケル・ムーアの顔だらけ。それに比べ『イノセンス』は、ポスターはおろかチラシ一枚見かけない。配給会社の姿勢が違うんだよ。それにカンヌは政治的な場。アメリカの大統領選を控えたこの時期に彼が取ったのは、政治性の表れ以外の何ものでもないね」

帰国後、押井監督は淡々とそう語っている。

結局、『イノセンス』は無冠に終わった。「カンヌ受賞の話題で観客動員に弾みをつけたい」という石川の切実な願いは、もろくも崩れ去ったのである。

「がっかりしたというより、監督やスタッフに申し訳ないなあと。監督には取らせてあげたかったし、周りが喜ぶ顔も見たかった。それに、もし賞が取れたら宣伝効果は抜群でしょう? 出資してくれたクライアントさんの顔も立つし。正直なところ、これだけお金かけちゃったのに、どうやって回収するんだろう…という思いはありましたね」

後日、石川は胸中をこんな風に語った。

「賞が取れないと分かった自分に何ができるか」

結果がはっきりすると、押井監督は、連絡を待つために待機していた「ジャパン・パビリオン」から早々に引き上げた。だが、そのとき石川が取った行動は、誰にでも真似できることではなかった。石川はその場に残り、撤収に入っていた「ジャパン・パビリオン」の片付けを手伝ったのだ。

壁のパネルを外し、ポスターをはがしてダンボール箱に詰める。黙々と動く石川の姿を見て、ほかのスタッフも作業を手伝い始めたという。

「賞が取れないと分かった段階で、『次に自分は何ができるのかな』と考えた。で、後片付けをしている人がいるのなら、自分が率先してそれを手伝おうと。だって、僕が帰ったらスタッフもみんなホテルに帰っちゃうじゃない? でも、石川が真っ先に動いたから、テレビ局の人も広告代理店の人も、みんなが残って手伝ってくれた。そういうことって、考えてやるもんじゃない。むしろ考えてやれることじゃないよね、地が出ちゃうからさ。そういう意味では、親や兄貴に本当に感謝しているよ」

人の気持ちを考えろ。いつも両親や兄にそう言われて育った、と石川は言う。だからこのときも自然に体が動いたのだ、と。

この気配り、目配りが、社員の才能を輝かせ、会社を成長させてきた原動力と言えるのではないだろうか。

梶山 寿子

神戸大学文学部卒業。テレビ局勤務を経て、ニューヨーク大学大学院に留学し、メディア環境学を専攻。92年修士号取得。読売新聞米国現地版で記者として勤務した後、フリーになり、日米で取材、執筆を続ける。98年に帰国、社会・家族問題、ビジネス・トレンド、人物ノンフィクションを中心に、幅広い分野で執筆。TVコメンテイターとしても活動中。特に近年はアニメーションをはじめとするコンテンツ・ビジネスの取材に力を入れている。主著に、スタジオジブリのビジネスを追った『ジブリマジック』(講談社)、『家族が壊れてゆく』(中央公論新社)、『子どもをいじめるな』(文春新書)など。

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