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頼まれることが増え会社の組織化を決意

■ 会社をつくって社長になりたいと思って、ユニカルインターナショナルを設立したわけではないんですね。

佐々木 最初はそういう意識はありませんでした。「なんとか、仕事がなくなることがないように」というのが最初の発想でした。

ただ、組織化することで、そのほかのメリットも生まれました。フリーで通訳の仕事をしている人の中には、事務仕事の苦手な人が多いんです。私自身はそれが苦にならないので、代わりにやってあげられる。重宝がられましたよ。

■ 最初は会社ではなかったものを、会社にしたのはなぜですか。

佐々木 仕事を始めるうちに、お客様の要望が多岐にわたってきたんですよ。「英語以外の言語の通訳をお願いできませんか」とか。

私個人も、「50歳になったときに、フリーで通訳の仕事ができるんだろうか?」とも考えるようになっていました。それにさっきの事務仕事じゃないけど、「気が利きますね」と人様が評価してくれる部分、難しい言葉にするとコンサルティングということになるんでしょうか。そういう仕事のサポートのようなところも、一つの仕事として評価してもらえるということが分かった。そういうところまで含めて、仕事にできないかと考えたんです。

■ ユニカルインターナショナルでは、早い段階から、パソコンのネットワークを使って仕事をしていたそうですね。

佐々木 1987年に、ユニカルを株式会社にしたときには、案内状を手書きにするかワープロにするかで意見が分かれました。それくらい、パソコンが浸透していなかったんです。でも、設立から半年後にはMacintoshを導入。パソコン通信の利用も始めました。

1992年には、600人から1000人の通訳と仕事をするようになっていたので、「メールアドレスがない人には仕事を回しません」とお話ししました。これだけの規模の集団が連絡を取っていくのに、電子メールは不可欠だったんです。

パソコンそのものには詳しくないですが、「使う」ということで言えば、私は本当にヘビーユーザーだったと思います。1994年ころからは、ユニカルでホームページ作成のお手伝いもするようになりました。この経験がイー・ウーマンの仕事につながっていったんだと思います。

三浦 優子

1965年、東京都町田市出身。日本大学芸術学部映画学科卒業後、2年間同校に勤務。コンピュータとはまったく縁のない生活を送っていたが、1990年、コンピュータ業界向けの週刊新聞「BUSINESS COMPUTER NEWS」を発行する株式会社コンピュータ・ニュース社に入社。13年間、IT業界のメーカー、販売店などを対象に取材活動を行う。2003年4月、同社を退社し、現在はフリーライターとして取材、執筆活動を行っている。

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