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フェニックスの「デオシーム」(3)〜消臭糸をライセンス販売、生活雑貨や一般衣料にも展開へ

2006年10月3日

(聞き手:小林 佳代)

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■産業再生機構の支援を受けることが決まった際には、多くの社員が辞められたことと思います。岩阪さんご自身は辞めることは考えませんでしたか。

フェニックス 生産開発部 マネージャー 岩阪 直哉氏

岩阪 「なにくそ」「辞めたくない」と思いました。経営不振には陥りましたが、「モノ作りでは負けていない」という自負を持っていました。実際、スキーウエアでは今でも国内でトップシェアですからね。上司がみんないなくなって、「俺の番だ」という気持ちもありました。

実際、今いる部長8人は30代です。かつては中堅にいた人間が、今はトップに立って引っ張っています。

■社内に悲痛なムードはありませんでしたか。

岩阪 産業再生機構の支援を受けることが決まったときは、ある意味で風通しがものすごく良くなって、自由にモノ作りができるようになった瞬間でもあったのではないかと思います。

意思決定のスピードも格段に速くなりました。「デオシーム」の開発は私と部長の2人でやったようなものです。その結果、これまで1年以上かけていた製品開発が、半年で実現できました。以前は経営トップのOKが取れなければ何も進まなかった。

ただ、商売がうまくいかなかったのは事実ですから、マーケットを意識しながら開発を進めました。お客の声を拾い「何を作ればいいか」「何が求められているか」を丹念に探りながら仕事をしました。以前は「これ良いでしょう」と一方的に作ってセールスするような面があったのかもしれません。

next: フェニックスは“面白いモノを作る会社”だった…

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