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とりわけ「html」となると、htmlエディターで誰でも簡単にhtmlソースを書くことができる。ところが、テキストエディターで、htmlソースをゼロから書けるスタッフは、もはや絶滅危惧種的な存在だろう。もちろん便利なツールは使うべきだ。しかし、その奥にある論理的な構造に無自覚なままでは、それなりに使うことと同じような気がする。

あれもこれもと求めるうちに、それなりに使うだけに止まってしまい、本質的な追求や経験の蓄積を忘れることで、夢物語を達成したつもりになっていないだろうか。どの領域でも、プロフェッショナルは必要であり、それをめざすからこそスキルも無限に拡がっていく。その視点を見逃しているのが、現段階のWeb業界のように思える。

Webデザイナー志願の若者は、プロとしてのデザインに誇りをもて

Webデザインは実に可能性を秘めた領域である。回線速度の高速化やスタイルシートの高度化で、グラフィック相当とはいえないが、かなり制約のないデザインも可能になろうとしている。また、さまざまなサイトが乱立しているなか、デザインに依拠する要素も確実に重くなりつつある。

それだけ、極めて純粋なデザイン能力そのものが、問われてようとしているといって過言ではない。そのためには、色彩センスを含めたデザインセンスを磨く努力は不可欠である。極論すれば、htmlソースを知るよりも、自分自身のデザインセンスを研ぎ澄ますことの方を優先すべきかもしれない。

その前提には、デザインのプロとして、htmlソースやスタイルシート、IllustratorやPhotoshop、flash、javascriptなど各領域のプロとの協同作業が欠かせない。あれもこれも担いこむのではなく、プロ相互のスキルをひとつにして、Webサイトと制作することこそ理想ではないだろうか。

もちろん、現状では純粋にデザインだけを追求できる環境は少ない。しかし、だからといって、あれもこれも「それなり」を追い求めては、最終的にプロとしての職業人にはなれないだろう。自分の才能と志向がWebデザインにあるならば、ぜひ、デザインのプロをめざして欲しいし、それを可能にする環境づくりに、Web業界も取り組む必要がある。

デザインだけでなくさまざまな領域のプロの育成。そこにこそWeb業界の可能性があると思うのだが、いかがだろうか。

帰ってきた顰蹙の魔王

今は考古学の対象となったパソコン通信の時代。筒井康隆の朝日新聞連載小説『朝のガスパール』(1991年10月〜1992年3月 朝日新聞社刊)と、その同時進行ライブ電脳筒井線(朝日新聞社刊)に登場。Web制作の現場に密かに生息中。その毒舌が再びよみがえる。

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