「法の下の平等」を求め、司法の場で争う
住基ネットの全国稼働を翌年に控えた2001年9月、杉並区は区民の個人情報を保護するため、全国初の「住基プライバシー条例」を制定しました。翌年8月の住基ネット稼働時には、杉並区の不参加を決定しました。国による個人情報の保護策が不十分であること、住基ネットは選択参加方式であるべき、というのが不参加の理由です。区民のほとんどが、この決定を支持したと思います。
2003年4月、総務省と横浜市などが「個人情報保護が十分なされるまで、不参加希望の市民情報は接続しない」という段階的参加について合意しました。これを踏まえ、杉並区も総務省に同様の扱いを求めました。しかし総務省は、横浜市に認めた方式を、杉並区には認めませんでした。
その理由はよく分かりません。おそらく総務省は、当時不参加だった350万都市の横浜を参加させる道筋をつけるため、“超法規的措置”をとったのかもしれません。そこで杉並区は、「『横浜方式』を杉並区に認めないのは、『法の下の平等』の原則に反する」として提訴しました。「住基法で定める全員参加の仕方については、各自治体に裁量権が認められるべき」と、住基法の解釈を司法の場で争うことにしたのです。
この訴訟の争点は、2つあります。一つは、住基法の解釈。もう一つは、行政内部の争訟を門前払いしていた司法が、地方分権の流れの中で、判断を下すか否かです。杉並区によるこの訴訟は、歴史的・社会的に大きな意義があると思います。近々最高裁が判断を示すこととなります。もちろん私は、いかなる判断にも従うつもりです。
「志」を持って「政治家」となった以上、「あるべき姿」を追い求めなければならない。いっぽう「行政官」には法を執行する義務がある。両方の顔を併せ持つ「首長」は、「あるべき姿」と「現実の姿」を調和させる不断の努力が求められます。こんなとき私は、「みんなのためか」「将来のためか」という命題を自らの心に問うよう心がけてきました。そして「よし」と合点がいったとき、敢然として取り組むことができたのです。
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