最後のリゾート王・堤義明氏(4)「ホテル王と呼ばれなかった本当の理由」
西武グループ総帥だった堤義明氏は「リゾート王」とは呼ばれたが、ついぞ「ホテル王」の異名はつかなかった。半世紀にわたってホテル事業の陣頭指揮を執り、内外で70軒を超えるホテルを傘下に置くオーナー経営者……。「ホテル王」と呼ばれても不思議ではないはずだ。では、どうして、義明氏は「ホテル王」と言われなかったのだろうか?
正真正銘の「ホテル王」、リッツとヒルトン
その理由を知るには、過去どのような人物が「ホテル王」と呼ばれたかを確かめる必要がある。残念ながら、これまで日本に「ホテル王」は1人もいない(自称は結構いるが)。一方、海外では正真正銘の「ホテル王」が2人いる。スイス人のセザール・リッツ(1850〜1918年)と、米国人のコンラッド N. ヒルトン(1887〜1979年)だ。
セザール・リッツは15歳でウエイターになったのを皮切りに、多くの一流ホテルの現場でキャリアを積んでいった。1898年にはパリで「ホテル・リッツ」(注:ダイアナ元妃が最後の時間を過ごした名門ホテルとしても有名)を自ら開業して成功を収めた。その後リッツ・ブランドの高級ホテルは欧州各地に広がっていった。セザール・リッツは世界的な高級ホテルチェーン、リッツ・カールトンの創始者でもある。1907年にはニューヨークで「リッツ・カールトン」の第1号店が開業した。セザール・リッツが高品位なサービススタイルを確立した功績は大きい。
一方、コンラッド N.ヒルトンはヒルトン系ホテルチェーンの創始者である(注:セレブのモデルとして有名なヒルトン姉妹は孫娘に当たる)。1919年にテキサス州シスコで「モーブリーホテル」を買収したのがホテルビジネスの第一歩で、1925年にはヒルトンの第1号店がダラスで開業した。その後、ヒルトンは全米だけではなく世界中にチェンーホテルを展開していった。マネジメント・コントラクトという運営受託方式を初めて採用するなど、コンラッド N.ヒルトンは合理的なホテル経営手法を確立した。彼はホテルを近代的な産業にまで高めたと言い換えることもできる。
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