月額使用料が1000円を切った会計ASPが登場
1991年4月に設立したフレームワークスは物流システムの構築事業で業績を伸ばす。2005年5月期の売上高は19億5400万円、経常利益は1億6100万円を見込んでいる。「サプライチェーンの危機を救う存在になる」と語る田中純夫社長に話を聞いた。
(聞き手:田中 克己=編集委員室主任編集委員、写真:厚川 千恵子)
─── 建設基礎工学を学んだ田中は卒業後、建設系コンサルティング会社に入る予定だった。ところが両親が病になったこともあって、地元建設(静岡)の鈴与グループに入社する。

田中 入社後、構造解析などCAD(コンピュータによる設計)関連を担当したことがきっかけで、コンピュータに魅力を感じた。建設の仕事も楽しいが、それ以上にコンピュータが面白くなり、グループで総合物流システムなどを手掛けている情報システム子会社に転職することにした。当時、物流業界の現場のコンピュータ化はまだまだ進んでいなかったが、パソコンをベースとした無線技術やバーコードなど新しいことにどんどん取り組めた。でもグループ会社なのでどうしても制約があり、自分がやりたことを実現するには飛び出すしかないと思った。
─── 物流システム市場に関心を持った田中は91年、10年間在籍した鈴与グループを辞めることを決断する。
田中 当時、建設システムを請け負う企業は数多くあったが、物流システムなら後発でもやっていけると思った。大手企業でも物流システムの完成度が低い時代だったからだ。それときは、SCM(サプライチェーン管理)という言葉はなかったが、今後は物流システムの範囲が物流に止まらず、製造や流通にも広がっていくのでは、といった読みもあった。
まずは受託開発で事業を開始したが、95年から96年頃に物流パッケージの活用が進んでいる海外市場を見た影響から、今までのノウハウを基にウエアハウスマネジメントという物流センター管理パッケージの開発に着手した。同時にパッケージの価値を高めるためのコンサルティングも始めたのだが、物流会社に売り込みにいくと「うちには合わない」と門前払い。仕方なく他流試合を続けた。しかし、受託開発は「今回はつらかったが、次回はよくなる」と期待したとしても、またつらいということにもなる。
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