「値引きを要求するユーザーには売らない」、アイティフォーの須賀井社長
「この10年間で扱い商品を変え、同時にビジネスモデルを変えてきた」。こう語るのは2005年4月に東証二部に上場した中堅ITサービス会社、アイティフォー(ITFOR)の須賀井孝夫社長。欧米のネットワーク機器の売れ行きが急速に低迷したことで、自社パッケージ開発へと事業構造を変えた。2005年3月期に売上高110億4255万円、経常利益10億3922万円に達したITFORの変遷を聞いた。
(聞き手=田中克己=編集委員室主任編集委員)

─── 須賀井氏が社長に就任した95年のITFORの売上高は約65億円だったが、事業構造の大きな転換期を迎えていた。
須賀井 ハードの粗利益率が急速に低下してきた。50%あった時代もあったが、10年以上前は約20%、さらに最近は数%になってしまった。主力製品の販売も落ち込み始めた。一時はルーターがものすごい勢いで売れたが、その後、ネットワーク機器は落ち込む一方だった。特に米データポイントが買収されたことでおかしくなり、データポイントだけに頼ってはいられないという状況にもなってきた。総販売代理店だったブラザー工業のドットマトリックス方式プリンターもフェードアウトが見えてきた。年間売り上げが約20億円から10億円、ゼロになる。さらに20億円以上の売り上げがあった丸井向けのPOS(販売時点情報管理)やネットワークもなくなってしまった。
─── ネットワーク事業の売り上げは2000年3月期に約41億円あったが、2005年3月期には約19億円となり、総売り上げに占める比率は33.1%から17.3%に激減した。この事態を解決したきっかけが債権回収システムである。
須賀井 データポイントのハード上で開発したものを、10年前にオープンシステムに載せ変えパッケージ化したことで、地方銀行や消費者金融など導入ユーザーがどんどん増えた。小口ローンなどの回収効率を高めるためで、地銀の約80%が導入してくれた。その後、百貨店やスーパーといった流通業もカード発行で小口ローンに乗り出したことに加えて、債権回収会社の登場が追い風になり、この10年で大きなビジネスに育った。
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