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「黒字化に10年かかったセキュリティ事業」、三柴元ラック会長

2005年3月29日

(聞き手=田中 克己編集委員室主任編集委員、撮影=柳生 貴也)

「セキュリティのラック」と言われるほど、この分野で有名になったラック。だが、セキュリティ事業の黒字化に10年の歳月がかかった。創業者の三柴元会長は「一度始めたことは損が出てもやり通す」という考えで事業を展開してきた。

───大学で化学を専攻していた三柴は、コスモ石油の前身である丸善石油に入社した。プロセスエンジニアに就く学生が多い中で、三柴はあえてITエンジニアを目指すことにした。

三柴 データ集計のためにFORTRANを駆使した経験もあったので、丸善石油の面接の席で「当社に入ったら何をやりたいのか」と聞かれたとき、「コンピュータをやりたい」と言った。その希望がかない、ITエンジニアとしてまさにコンピュータの黎明期から携わることができた。当時の石油業界は第2次産業としての勢いがあり、各社とも最新設備を導入していたから、OSを含めたコンピュータの基本を徹底的に勉強できた。しかし技術をより極めたいとの思いから11年間お世話になったところで辞めることを決断した。

最初は人材登録会社から紹介のあった日本コンピューター・サービスセンター(現情報技術開発)に入り、日新製鋼で沖電気経由の派遣社員プログラマとして働きました。2年目からは営業に異動しましたが、これらの経験を通じて技術を蓄積するには派遣ではなく請負型にするべきだと考え始めた。

───三柴は課長、部長、事業部長、そして5年目に役員となる。給与も入社時の383万円から1000万円を超え、働ければ稼げることも分かった。

三柴 プロジェクトマネジャー、提案書の作成、全国を飛び回っての人材募集・教育、営業など派遣と請負事業を通じて多くのことを経験した。その中で、オフィスを新たに借りるためにはどんなことをしたらよいのかといったことなど、結果的にベンチャーを立ち上げるための基本的なことも経験できた。

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