太宰治が生きた「逆説」とは?〜日常性を超越し、“あさって”へ飛躍しよう
年々、梅雨入り前から暑さが増しているような気がする。陽が延びているから、公務を終えて事務所に戻ってもまだ明るいときがある。屋上のテラスに上がると、渋谷の高層ビルを背に、夕焼けが広がっている。そんな薄紅の空を見て、「ああ、今年も桜桃忌が近づいてきたな」と思うのだ。それも、今年で60回を数える…。
6月19日は、太宰治の命日「桜桃忌」だ。玉川上水で入水自殺し、心中を遂げた太宰治と愛人・山崎富栄(とみえ)の遺体が見つかったその日は、太宰の誕生日でもあった。
太宰ファンからよく聞く言葉がある。
「太宰はきっと弱い人間で、自分も弱い人間なんです。だから私も太宰が自殺した意味がよくわかるような気がする」
そんな言葉を聞くと、僕はなんだか少し悲しくなる。かつて『ピカレスク 太宰治伝』を書いたときに抱いた、僕の太宰に対する心象は少し違ったから。太宰はきっと、露悪的ともいえる分かりやすい弱さに生きた“直線的”な人間ではないだろう。むしろ、いわば日常と非日常の両方を抱え込んだ、彼自身が「逆説の存在」だったのではないかと思えた。
そんな太宰の生き方を突きつけられると、今でも僕自身に迫ってくる問いかけがある。
「もっと“あさって”に生きなきゃダメだ。日常を超越しなきゃダメだ」って。
政治の世界でも、毎日の生活でも、あさってという「非日常」へと超越してみれば、また別のものが見えてくるんじゃないだろうか。
60回目の桜桃忌を前に、今一度、太宰の言葉をよみがえらせて見よう。
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