新銀行東京に関する議論を答弁で振り返る
2008年度予算を審議する東京都議会の予算特別委員会が3月11日火曜日から3日間にわたって開かれた。初日は午後1時から10時35分。2日目は午後1時から9時5分。そして最終日は、開始予定時刻を7時間遅れて始まり、日付をまたいで翌14日の午前4時20分までつづいた。「もめる都議会 午前4時」(東京新聞3月14日付夕刊)、「新銀行調査報告書 『全文公開』で対立」(毎日新聞3月14日付夕刊)と報じられた。僕はいま副知事という立場にあるから、新銀行について意見を述べない。予算特別委の質問と答弁、そして新聞報道から客観的に経緯をふりかえることにする。
さまざまなことを議論する予算特別委、「脚本資料館をつくろう」も議題
予算特別委員会では僕も副都知事として答弁した。自民党の三原まさつぐ都議からの質問だった。
「脚本家の市川森一氏が、脚本のアーカイブスを保存する資料館をつくろうと尽力している。脚本には文化財としての価値があるのに、捨てられている。『後世に資産として残すべきだ』という理由からだ。東京都として協力してはどうか」
僕は以下のように答えた。
ビデオレコーダーがなかった時代のテレビ番組の映像は、ほとんど記録が残っていない。一般家庭にVTRが普及し始めたのは、いわゆるVHS・ベータ戦争という規格の競争が話題を撒いた、1980年ごろの話です。いまのブルーレイ、HDDVDが決着をみたように、普及し始めると規格が統一されるのです。
一般家庭だけでなくプロのテレビ局の事情も大きくは変わらない。我われがみたドラマやドキュメンタリーで記録が残っているのは70年代半ば以降の番組だ。60年代の面白い番組はほとんど記録が残っていない。たとえば、永六輔と坂本九が出演していた「夢であいましょう」や、井上ひさし脚本「ひょっこりひょうたん島」はフィルムで撮っていたから、映像の一部が残っているにすぎない。
これらの番組をどうやって振り返るか。映像がほとんど残っていない以上、脚本だけが頼りになっている。当時の脚本はガリ版印刷だし、脚本家の地位も低かった。散逸しているものが多い。東京都の文化行政について議論をする諮問機関「東京芸術文化評議会」で議論されるようにしたい。
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