菊池寛を感動させた「生活」の力
自分探しをする高等遊民の側に立つ漱石の反対側に、菊池寛がいた。彼は「生活第一、芸術第二」と主張した。芸術の価値が低いと言っているのではない。芸術が生活に裏打ちされていなければ駄目だという意味である。文芸作品には、表現の価値に加えて、内容的価値がある。それは、読者を感動させる力のことだ。そして、この力は生活のなかから生まれる。内容的価値のない作品は上っ面なものにしかならない。
菊池寛は、四谷の小学3年の児童が書いた作文を読んで涙を流した。貧しい地域だった。欠食児童がほとんどで朝食も食べないまま登校する。篤志家たちの援助で給食を出すことになった。
「僕は学校でおひるにパンをたべます。そうすると、ジャミがくっつきます。僕はたこでもないのにすいつくのはどういうわけだろう。きっと木村屋のパンはいきているからうまいのにちがいないと思います」
表現は稚拙かもしれない。「作家なら、たこでもないのにジャムが吸いつく、とか、パンは生きている、と表現できなければいけない」が、その力はない、と思った。この作文には、“生活の力”がにじみ出ている。内容的価値があった。そこに、菊池寛の心は動かされた。
彼の真意は、当時は理解されなかった。主人公が孤独で悩んでいないと文学とみなされなかったのだ。だから「生活第一、芸術第二」という菊池寛は通俗作家と呼ばれてしまう。
生活の大事さを知っていた菊池寛
『こころの王国〜菊池寛と文藝春秋の誕生』で、井上ひさし氏と対談をした。そのなかで井上氏が「漱石のこゝろ」と「菊池寛の心」についてとても上手く表現してくれた。
「漱石の『こヽろ』は、近代日本文学の代表作の一つだと思いますけれど、それについての猪瀬さんの批評は面白い。(中略)漱石が明治から大正の初めまで生きて、人間は孤独でありその存在自体が『淋しい』と言った、そのキーワードをうまく使いながら、じつは同じように淋しくても、まったく違う人生を生きた菊池寛の、凡人たちが集まりながら非凡なことをやるという、淋しい心の集合体としての『こころの王国』を対峙させて、明治に全盛を迎えた人たちの憂愁にも似た淋しさと、大正から昭和にかけての知識階級の、淋しいけれどもみんなで肩を組めば道が開けるかもしれないという明るい淋しさの対照を感じました」
漱石の「漱石山房」には若い才能が集まった。しかしこれは弟子が集まっただけだ。いっぽう菊池寛の「こころの王国」は、志を同じくするものが皆で雑誌をつくり、時代をつくろうとした。
「菊池寛が目指したのは、雑誌を読んでいるときや小説を読んでいるときに生まれる『こころの王国』で、これはたがいに無関係なこころとこころを、作品や雑誌によって結びつけるということですから、そうとう難しい『王国』を目指していたんです」(井上)
いまはインターネットの時代だ。部屋から出なくても情報は得られる。つい経験したつもりになり「仮想的有能感」に浸ってしまう。いま、現代の「高等遊民」が大量発生しようとしている。
「高等遊民」予備軍たちに言いたい。仕事に就き働くこと。ひとつの仕事をとにかく3年でも5年でもやる。生活者として物事を感じ、生活者の孤独を知る。そこではじめてプロフェッショナルとしての職の業を身につけることもできるだろう。
……ここまで書いて、NHKの「スーパー職人大集合――技能五輪に挑んだ若者たち――金メダル16個」(1月14日月曜日夜7:30〜8:45)を見てホッとした。昨年11月に日本で開催された技能五輪で活躍した青年たち(22歳以下)は頼もしい。再放送があればぜひご覧あれ。
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