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「こころの王国」―現代の“高等遊民”たちへのメッセージ

2008年1月15日

『THE3名様』という漫画が週刊ビッグコミックスピリッツに連載されている。深夜のファミリーレストランで、目的もなく時間をすごす3人組の若者が主人公で、こんな三コマ作品がある。坊ちゃん刈りの若者が、タバコをくゆらせながら、仲間に言う。

「オレはやるぜ……」
「何を?」
「何かを」

最近の若者像を上手くとらえたこの作品は『他人を見下す若者たち』(速水敏彦著、講談社現代新書)の帯に採用されている。著者は指摘している。『THE3名様』に出てくるような最近の若者たちは「仮想的有能感」を持っている、と。

「少子化の影響で小さい頃から大切に育てられ、苦労をせず、楽しいこと、面白いことに浸ってきた若者にとって、見知らぬ社会を一人だけで歩いていくことは恐怖でもある。欲しいものを何でも買い与えられ、有りあまる時間を自分だけのために使ってきた人たちが、厳しい現実の競争社会の中でまともに生きていくことは難しい課題である。しかし、じつは彼らはそれを乗り超える術をいつのまにか修得してきたようにも見える。それは、おそらく本人自身もあまり気づいていない無意識なもので、個人主義を担った人たち、さらには、ITメディアの影響をうけた人たちがいつのまにか身につけた仮想的有能感とでも呼ぶべきものである」

若者たちは、何もしないうちから「何かを」できそうな気持ちになってしまっている。

「現代人は自分の対面を保つために、周囲の見知らぬ他者の能力や実力を、いとも簡単に否定する。世間の連中はつまらない奴だ、とるに足らぬ奴らだという感覚をいつのまにか自分の身に染み込ませているように思われる。そのような他者軽視をすることで、彼らは自分への肯定感を獲得することが可能となる」

こんな意識を持つ若者が増えている。

昭和の時代にフリーターの原型――文学青年

こうした若者が生まれてくる背景を知るには、近代史を振り返っておかねばなるまい。

吉本隆明著『真贋』のあとがきを読んでいて、そうなんだよなあ、と思ったのである。

「学生の一人が太宰に『太宰さんはどうして作家になったか』と尋ねる。太宰は『ほかに何をしても駄目だったからだ』と答える。学生は半分笑いにして『じゃ僕なんか有望な訳です。何をしても駄目です』と言う。太宰は真剣に『君は、いままで何も失敗してやしないじゃないか。(中略)何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それあ怠惰だ』と答える」

太宰治は、文学賞を受賞するまで、何度も企画を立てて書いては実行して失敗を重ねた。絶望の果てに首つりのまねごとや服毒など、生涯で4回の自殺未遂をおこしている。その体験をまた作品にした。そこまでしても、作家になりたかった(拙著『ピカレスク—太宰治伝』文春文庫)。

「突然、くすりがきいてきて、女は、ひゅう、ひゅう、と草笛の音に似た声を発して、くるしい、くるしい、とみずのようなものを吐いて、岩の上を這いずりまわっていた様子で、私は、その吐瀉物をあとへ汚くのこして死ぬのは、なんとしても、心残りであったから、マントの袖で拭いてまわって、いつしか、私にも、薬がきいて、ぬらぬら濡れている岩の上を踏みぬらかし踏みすねり、まっくろぐろの四足獣、のどに灼熱の金火箸を、五寸も六寸も突き通され、やがて、その鬼の鉄棒は胸に至り、腹にいたり、そのころには、もはや二つの動くむくろ……」(『虚構の春』)

ここまでして太宰はようやく、職業としての作家への道を切り拓いた。だからこそ、簡単に「何もしないさきから」駄目と言う学生を怠惰と叱ったのである。

吉本隆明が『真贋』のあとがきで取りあげたのは、太宰治が1940年に旧制新潟高等学校で講演をしたときの話だ。旧制新潟高等学校はいまの新潟大学で、通っている学生は当時の優秀なエリートである。

作家という職業がなぜ生まれたか。最初の自分探しは学歴エリートから始まった。時間つぶしの余裕をもつ若者は、近代化とともに増えていき、今日のフリーターの原型のようなかたちで「文学青年」という一群が簇生(そうせい)する。すこしばかり試験の点数が悪かったぐらいでたやすく挫折を口走り、孤独を気取るのは仮想的有能感の芽生えともいえる。

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