平塚明子は、帝国大学出の文学士をとりこにした
「女学生」が無意識のうちにつかみ取る流行の最先端が、いろいろな作家の創作意欲をかき立てていった。いまに残る名作には、歴史に残らない女学生の存在が深くかかわっている。
作家にインスピレーションを与えたという意味で、際立っているのが平塚明子(はるこ)だろう。明子は、夏目漱石の弟子であった森田草平と恋に落ちた。
明子の父親は、当時は、権威のあった会計検査院の課長、つまり高級官僚である。明子は、お茶の水高等女学校から、唯一の女子大であった目白の日本女子大に進む。女子大を出ても適当な就職口があったわけではない。行き場のない明子は、閨秀文学会という、いまで言うカルチャーセンターのようなところへ行く。その講師が森田草平だった。
草平は、故郷に妻子を置いて上京し、別な女をつくったりしている、そこそこの蕩児である。女性のあしらい方も心得ていた。だが、明子は、草平が知る範疇(はんちゅう)にない女だった。
明子は「自分はダブルキャラクターよ」などと英語で言う。どういう意味だと訊ねると、逆に「なんだと思います? 」と突っ込んでくる。草平ならずとも確かに狼狽させられる。レストランでウィスキーを呑む。片手で頬を押えて、赤くなりましたでしょう、と見上げる。強いのか弱いのか。やにわにキスを求めてくる。タバコをスパスパと吸う。あとで手紙に「寧ろ狂して見たかったのです」などと書いてくる。草平の征服欲はいっそう刺激されるがそれ以上は進まない。
そのうちに一緒に死ぬことになった。明子の、禅問答のような返答に惑わされて、草平が自殺を口走ってしまったのだ。
雪山で自殺することになった。2人は夕刻、田端駅から出発、大宮の駅前旅館に泊まることにした。明子の失踪に気づいた実家では、その夜、警察に保護願いを出した。翌朝、2人は那須高原に向かい、夜、塩原温泉に泊まった。翌朝、雪のなかを歩いて那須高原の尾頭峠を目指した。結局、2人は死にきれず雪のなかにうずくまっているところを捜索隊に発見される。
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