ケータイ小説をなめてはいけない──日本近代文学と「女学生」
トーハンが、書籍の「2007年 年間ベストセラー」を発表した。文芸部門では、女子中高生が愛読するケータイ小説がベスト3を独占。ベスト10のなかに5作がランクインした。
この現象について、英国紙タイムズから取材を受けた。海外のメディアも注目する現象なのだ。日本の純文学の関係者は、「素人が書いており文章がつたない」「ストーリーが型にはまりすぎ」などとケータイ小説を酷評している。だが、「くだらない」の一言で切り捨てることはできない。
このブームの根底にあるものを読み解くには、日本の近代文学史、それも教科書では教わらない、近代文学のほんとうの誕生について知る必要がある。意外かもしれないが、ケータイ小説は、近代日本文学の伝統の流れの延長に位置するものなのだ。
「女学生」の投稿雑誌、オフ会は明治時代から存在していた
文芸部門のランキングで第1位になったのは『恋空』(スターツ出版)だった。上下巻で累計200万部を売上げた。映画化され、ヒットしている。このマーケットは、一般的な文芸書のマーケットとは異なる。強いて言えば、女子中高生が、自分たちでつくり出したマーケットなのだ。作者と読者が非常に近い環境にあり、その関係は密度が濃い。その濃い密度が流行をつくり出している。
こうした現象は、すでに明治時代から存在していた。
明治34年、すなわち20世紀の最初の年である1901年。神田明神境内にある3階建ての洋館、開花楼で、「誌友懇話会」というイベントが開かれた。隔週発行の雑誌『女子之友』が、第100号の発行を記念して開いた、読者が参加できる催しである。『女子之友』の読者は単なる購読者ではない。この雑誌は投稿を主体に成り立っていた。東京の良家の子女たち、地方名望家の子女たちが和歌や随筆などを投稿。編集部がこれを評価し、特等や入選、佳作などのランキングをしていた。
20世紀に入ったばかりのこの時期は、情報発信の欲求が全国規模で盛りあがった。その欲求は性別を超え、男子向けの雑誌だけではなく、「女学生」のための雑誌が続々と登場したのである。『女子之友』もそのなかで誕生した、商業誌の1冊だ。
それまで主流だったのは、樋口一葉が参加した『文学界』などだ。こちらは同人誌に近い。投稿者も読者も、お互いに顔を見知っており、話題も共通。レベルもそこそこ近い。『女子之友』はこの点で大きく異なる。誌友懇話会に集まった女学生は互いに顔を知らず、作品のみでつながっている。ケータイ小説が掲載されている掲示板に似ていないだろうか。作品が誌面に頻繁に掲載される者には注目が集まった。この集まりは、いまで言う「オフ会」だ。
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