タダは国を滅ぼす〜高速道路も年金もタダにできるわけない
最近、タダ(無料)をありがたがる風潮が高まっているのを感じる。「なんでもタダがいい」といった考えに染まると、この国は滅んでしまうのではないだろうか。今回は、いくつか事例をあげながら、タダが蔓延する風潮について考えてみたい。
杉並区では、子育て中の親がコンサートをタダで鑑賞できる
杉並区は子育て中の区民に対して、ベビーシッターを雇ったり、コンサートを鑑賞するのに利用できる金券「子育て応援券」を配布している。金額は、0〜2歳児の子供1人あたり年6万円、3〜5歳児の子供は年3万円だ。利用率は9割近くに達しているとのことだ。
この金券のコストは税金で賄っている。子育ての応援が目的ならば、保育園を、働く女性により使いやすくするなどの政策で対応するのがスジだろう。コンサート鑑賞などの“気分転換料”を親に直接支払う、というのは話が違う。
モノやサービスを得たら、受益者が対価を支払う
モノやサービスを得たら、そこから利益を受けた人(受益者)が対価を支払うのが原則だ。
ちょっと荷物を運ぶのだって、荷物の持ち主が対価を支払う必要がある。昔の東京駅には、ホームからタクシー乗り場まで荷物を運ぶ赤い帽子をかぶった人がいた。彼らは「赤帽」と呼ばれ、荷物運びを生業としていた。ヨーロッパ映画などでみかける、貴婦人の後ろを荷物を持ってついていく人を想像するとわかりやすい。英語ではポーターと呼び、ロンドンやニューヨークの大きな駅にはいまでもいる。
料金は100円くらいで、靴磨きと同じくらいの値段だったと思う。彼らは駅と契約をしているがフリーランスの立場だ。だから、客を見つけるとサッと近寄って荷物を運んだ。荷物を運んでもらった人は、そのサービスに対して対価を払った。
地下鉄に乗れば、運賃を支払う。これも、“移動”というサービスを受けたことに対する対価だ。地下を掘削して鉄道を敷くなど完成するまでにかかった工事費や運転士に支払う給料をこれで賄う。
税金だって、国や地方自治体からサービスを受ける人が、対価として払うものだ。住民税ならば、「ゴミを片付けるのにかかった料金を、住民税として払う」、「急病や火事になったときの備えとして救急車や消防車を購入する。この対価を税金で払う」という具合だ。
コンサートを鑑賞するのだって、同じくサービスの対価が発生する。それがチケットの料金だ。ところが杉並区は、子供がいれば、税金でこれを払ってくれるという。少子化対策としての効果がほんとうにあるのか。受益者負担の原則が崩れていないだろうか。税金のばらまき、という批判を受けてもしかたがない。
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