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金次郎が生きたのは、人口もGDPも伸びない低成長時代

その前に、彼が生きた時代を知っておく必要がある。二宮金次郎は、1787年に生まれて1800年代前半に活躍した人だ。この1700年後半から1800年前半にかけては、現代と重なる部分が多い時代だった。人口もGDPもほとんど増えない低成長が続いた。

大河ドラマ『風林火山』のように、戦国時代は侵略戦争の連続だった。ボヤボヤしていると寝首をかかれる。だからつねに戦争をしている。国全体が疲弊している状態だった。

戦争が終わるのは、徳川家康が1603年に江戸幕府を開いてから。天下が平穏になり、ようやく新田の開発が始まった。やっと落ち着いて仕事ができるようになった。その後100年間、人口は1600万人から3000万人にまで増えた。ほぼ2倍になった計算だ。この高度成長の繁栄を謳歌したのが元禄時代。忠臣蔵で有名な「時は元禄15年……」が1702年の話。その翌年に元禄時代も終わり、ここで江戸時代の高度成長が止まる。

江戸時代の残りの170年間は、低成長時代だ。金次郎はこの低成長時代を生きた。

ただし、この170年のうちに文化、文明は発展した。工芸技術は驚くほどに高まった。当時から、お雛様は精密につくられた。刀は鞘から出し入れできたし、たんすの引き出しも開閉できた。現在の精密工業に通じる技術の世界ができあがっていた。金融においては、大阪・堂島の米市場において、現在の金融デリバティブ商品のルーツとも言うべき先物取引が行われていた。浮世絵や歌舞伎などあらゆる芸能が発達し、日本人の持つ文化的なセンスが磨かれたのも、この170年間のことだ。またこの時期、日本は学校教育の普及率が世界一だったと言われている。いわゆる寺子屋だ。明治時代にすぐに公立学校をつくることができたのも、その下地があったからだ。

江戸時代に寺子屋で教えていたのは儒教だった。僕は子供のころに、金次郎が何の本を読んでいるのか気になり、台座に上って本を覗いたことがある。そこには、1行1行しっかりと漢字が書いてあった。当時は小学校2年生くらいだったから、漢字ばっかりですごいなと感心したものだが、いま考えると当たり前のことだ。二宮金次郎が薪を背負いつつ読んでいる本は、儒学の経書である四書五経の『大学』だ。漢字で書いてあるに決まっている。

そのころの少年がみんなインテリだったかと言うと、そうではない。当時の読書とは、漢字で書いてある文字を朗々と声を出して読む。意味がよくわからなくても、お経のように音読する。そうすることで、自然に漢文脈の文章を覚えていったのだ。意味がわからなくてもまず読むというのが、この時代の学習法だった。

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