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W杯チケットはどこへ消えた?〜肥大化する“関係者”への配分

2006年8月7日

(取材・文=樺山 満)

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いつの大会でもFIFAワールドカップの観戦チケットは需給が逼迫(ひっぱく)し、入手が困難な状態となる。各国のサポーターはチケットを探し求め、ブローカーが横行する。FIFAワールドカップ2006年ドイツ大会では、チケットは、インターネット・オークションにおいて額面の5倍から20倍近くの値段で取引されたという。

今年の大会でも、前の2大会に比べてマスコミの扱いは小さかったものの、やはり“チケット問題”が起きた。日本の旅行代理店、マックスエアサービスが、チケットを確保しないままツアーパッケージを販売したため問題が表面化した。これを受けて国土交通省は、チケットを確保していないツアーは実施しないよう、各旅行業者に要請した。

2006年組織委員会は、チケットに埋め込んだICチップに観戦者情報を書き込み、入場口での抜き打ちチェックを行うと事前に発表。転売・譲渡を認めないとした。だがFIFA関係者によると、ドイツ大会組織委員会は転売・譲渡禁止の方針を大会途中で事実上撤回。抜き打ちチェックは結局行われなかった。

仏大会、日韓大会と繰り返された“チケット問題”

1998年、フランス大会。日本代表の初戦である対アルゼンチン戦を観戦するため、筆者はツールーズへ出かけた。このときは、スタジアム手前の橋からメインスタジアムの入り口まで、「J'ai besoin de tickets」(チケット要)などとフランス語で書いたプラカードを持った日本人サポーターで埋まっていた。フランス組織委員会は、スタジアムの外にスクリーンを急遽用意して試合を中継し、入場できないサポーターへの対応に努めた。

フランス大会では、日本戦のチケットが旅行代理店によって“空売り”されたり、二重販売されたりした。このため、日本戦の行われたツールーズなど3都市において、チケットを持たない数万人の日本人サポーターが、スタジアムの外に溢れた。観戦ツアーを企画したものの、試合の3〜4日前になってもチケットが入手できなかった日本の旅行代理店は、ダフ屋やブローカーなどから現金で直接購入するなどの緊急対応をした。ただし、結局のところ多くの代理店が、フランスへ飛んだサポーターの数を満たすチケットを確保できなかった。

日本の旅行代理店に対する“空売り”には、ISLフランス支社が仲介役を果たしたと報道された。ワールドカップ期間中に同支社の幹部2人が逮捕される異常な事態となった。

チケット問題は2002年日韓大会でも繰り返された。日本サポーターの脳裏に刻印されているのは、仙台での決勝トーナメント、日本対トルコ戦での光景である。「空席は絶対出さないでほしい」とJAWOC(日本組織委員会)がFIFAに対して要請したにもかかわらず、バックスタンド最前部に数百席の空席がはっきりと見えた。

この問題を重く見たJAWOCは、FIFAに厳重抗議。FIFAも大会後の監査を約束した。ただし、監査の結果は大会期間中に出したものと同じ結論だった。「各スタジアムの席構成図および席割り表を、JAWOCがバイロム社(2002年大会のチケット業務をFIFAから委託された英国の代理店)へ提出するのが遅れたため、正確な席数の把握および発券ができなかった」(FIFAプレスリリース 2002年11月)というものだった。何とも釈然としない気分を、JAWOCと日本のサポーターは味わった。

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