北京オリンピック総括と東京2016への提言
本稿では、先日閉幕した北京オリンピックを、「マネジメント」「イノベーション」という尺度から俯瞰し、未来志向で展望したい。また、2016年に向けての東京都の誘致のあり方、競技種目の特徴とメダル獲得への戦略レベルでの工夫などにも言及したい。
北京オリンピックに関する論評は多々あるが、今大会を欧米諸国から見た場合、アジアという地理的要因に加え、中国という社会主義市場経済を標榜し政治体制が異なる国での開催という、2つの違和感が存在する。そうしたハンディキャップを乗り越え、オリンピック開催国としての責務を果たした中国に対し、私たちは、同じアジア人として、隣人として、その成功に素直に拍手を送っても良いのではと考える。
もちろん、今回のオリンピックを総括すれば、背伸びをしすぎ、身内贔屓に陥り、官製に誘導された礼儀正しいボランティアによる作られた笑顔と応援も垣間見られた。やれやれ、祭りが終わったと、元の世界に戻っては、何のためのオリンピックだったかとなる。
他人事と無関心を決め込むのではなく、出来る範囲で手を差し伸べる。そして、徐々に雪解けを狙う。中国では、「根気良く努力を続ければ、数世代をかけて山ひとつを動かすことも不可能ではない」という故事が授業で教えられ、その精神が受け継がれている(「愚公移山」〜中国古典「列子」湯問より)。目先の短期的な利益のみならず、中長期のゴールを意識することが、ビジネスの基本であり、ビジネスパーソンとして、私たちが政治主導とは違う価値観を持てる部分でもある。
いつものように、日々発生するリスク事象、本コラムでの連載テーマのフォローアップについては、適時筆者のブログ「e戦略の視点2」を参照願いたい。
北京オリンピックの総括
北京オリンピックを総括するとき、オリンピックそのものを巡る議論と、北京だからこそ起きている出来事を分ける必要がある。
・中国の抱える前提条件、制約条件
オリンピック開催前、聖火リレーを巡る抗議や妨害が相次ぎ、政治体制が異なる中国側は管理を強化する一方で、開かれた国を強調しなければならなかった。トレードオフの関係でのバランスを取りつつ、いざ始まったとき、現実に起きていることをひとつひとつ解決し、前に前に進んでいったのである。
まだまだ発展途上であり、日本の40年前みたいなものという謙遜と、積み上げていけば世界人口の4分の1を占める13億人というインパクト。その狭間で揺れ、とれる舵の幅は狭い。
開かれた国を目指すうえでは、「精神汚染(=西側自由世界の価値観)」を受け入れることも不可欠であるものの、画一的な教育により統制されている秩序にほころびが出る危険性もある。また、メディアの取材、ネットで飛び交う様々な噂、知らせたくない事実が国民の目に留まるなど、多くの不安定要因が襲う。さらには、北京オリンピックが最後のチャンスとばかりに、少数民族や、二極化が進み生活が苦しい内陸部からの抗議が中央政府、天安門広場、オリンピック会場の周りで繰り広げられる。
中国は、こうした複雑に絡まる前提条件、制約条件を飲み込みつつ、客を迎え入れ、ひとまずオリンピックを成功させたと言えよう。
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