このページの本文へ
ここから本文です

アフリカ開発会議と日本の貢献、一県一アフリカ国運動の提案

今週は、5月末に開催された第4回アフリカ開発会議(TICAD-IV)を取り上げたい。TICAD(Tokyo International Conference on African Development)は、アフリカの持続的発展のための首脳級国際会議。日本の対アフリカ支援として、93年から5年に一度日本で開催されている。第4回となる今年は、初めて東京を離れ、横浜で行われた。開催地では、関係者の一部が、「YICAD」と呼んでいるが、YICADとは、ベナンでは「前へ進め」の意味であると来日したNGO代表のギュスターブ・アサーさんが語っている(毎日新聞、2008年5月31日付、地方版)。

TICADには、日本政府のほか、アフリカの各国首脳や政府関係者、NGO団体、国連や世界銀行など各種国際機関の代表が顔をそろえ、その他諸国では、イギリスやタイなどから参加があった。

日本でのアフリカ支援のための国際会議であるが、何故にアメリカやフランス、中国などが参加しないのかといえば、それぞれ、アフリカの支援のための会議を個別に主催しているからである。

各国には、それぞれの思惑があり、石油エネルギーやレアメタルの安定供給、さらには国連での発言権の確保などを巡り、外交舞台での綱引きが活発化している。これは、日本とて例外ではない。国際会議では、どこが議長国となり、主役となるのか、どこまで支援を表明するのか、表明したとして、それらが本当に実行されるのかを慎重に見極める必要がある。国によっては、入口の計画や出口の広報などが得意な国と、中間部分の実務での支援が得意な国がある。日本はもちろん後者であり、真面目な一面が高く評価されているが、意思決定までの動作が遅いとされているのも事実だ。

結論から言えば、アフリカとの関係強化は、ブームの中での椅子取りゲームのようなものであるが、過熱するのではなく冷静に次世代を見つめ、戦略的に動く必要がある。今のアフリカを巡る世界情勢を考えるならば、TICADのような取り組みを、90年代初頭から「やっていて良かった」であろう。当時の一部外務省担当者らの先見の明がなければ、今頃、日本のポジションは、かなり出遅れていた感は否めない。ただし、93年(第1回開催)から15年が経過したが、素晴らしい効果が出ているかどうかは疑わしい。時の政府に翻弄され、バブル破綻の中、国内経済建て直しに迫られて、一時、援助資金が絞られ、途上国支援での継続性が維持されずに、現場は混乱したように受け取れる。

(全 8 ページ中 1 ページ目を表示)

あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください

記事検索 オプション

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。

ご案内 nikkei BPnetでは、Internet Explorer 6以降、 Safari 2以降、Opera 8以降、Netscape 8.1以降またはHTML 4.01/CSS level 1, 2をサポートしたWebブラウザでの閲覧をお勧めしております。このメッセージが表示されているサポート外のブラウザをご利用の方も、できる限り本文を読めるように配慮していますが、表示される画面デザインや動作が異なったり、画面が乱れたりする場合があります。あらかじめご了承ください。

本文へ戻る