金融破綻から10年、「危機は去ったのか?」「答はノーだ」
(宮尾 攻=金融ジャーナリスト)
来年7月7日から3日間の日程で、先進8カ国首脳会議(サミット)が北海道で開催される。安倍晋三前首相が意欲を燃やした、北海道洞爺湖サミットだ。今年4月に開催地が洞爺湖に決定した。そのメイン会場がザ・ウィンザーホテルだ。
風光明媚な立地で知られる同ホテルは、過去にも話題になったことがある。1997年11月17日に経営破綻した北海道拓殖銀行との関連だった。同ホテル(当時の名前はホテルエイベックス洞爺)は、同銀行の経営破綻に結びついた不良債権先企業、カブトデコムの所有物であったため、結局、同銀行が抱え込んだ不良債権の担保物権と化した。
拓銀の経営破綻から10年目の今年、サミット開催会場としてザ・ウィンザーホテルが一躍脚光を集めたのは因縁めいた話と言える。
10年前の金融危機を振り返る
それにしても、歳月の流れは速い。1990年初頭からくすぶり続けた金融危機が北海道拓殖銀行、山一證券という大手銀行・証券会社の経営破綻に発展したのは1997年だった。それからの10年間は、「金融危機の拡大」と「金融危機の解消」という2つのステージに大別できる。
前半で、危機がいよいよ真性化した。日本長期信用銀行、日本債券信用銀行という2つの長期信用銀行が相次いで経営破綻。どうにか、経営破綻を免れた大手銀行群は、経営統合による生き残り策に向かった。メガバンク統合である。
メガバンク統合は、統合による経費削減効果を狙ったもの。ほかにも会計上の資本捻出というマジックがあった。いわゆる合併差益と呼ばれる資本金取り崩し行為である。これによって、不良債権と保有株式の含み損を処理した。その前後に大手銀行が生き残り策として打ち出したのが、国内店舗の統廃合と海外拠点からの撤退だった。
一方、経営破綻組は、営業譲渡や買収の対象となった。拓銀の場合、北海道内は北洋銀行に、本州部分は中央信託銀行に営業譲渡された。また、その後、施行された金融再生法に基づいて、日長銀は米国投資ファンドのリップルウッド社が、日債銀はサーベラス社が買収して、新生銀行、あおぞら銀行としてそれぞれ再生した。
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