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三越・伊勢丹の経営統合が加速する業界再編の第2の波

2007年9月6日

(松崎 隆司=フリーライター)

百貨店業界で売上高4位の三越と5位の伊勢丹が8月23日、経営統合することを正式発表した。来年4月1日に、持ち株会社の三越伊勢丹ホールディングスを設立する。新会社の売上高は1兆5800億円(前期の両社の決算を単純に合算した値)。9月3日に経営統合した大丸・松坂屋の新持ち株会社、J.フロントリテイリングを抜いて一気に業界トップに躍り出ることになる。

株式の統合比率は、伊勢丹1に対して三越0.34。伊勢丹の普通株式1株と持ち株会社の普通株1株を、三越の普通株式1株と持ち株会社の普通株0.34株とを交換する。新会社の会長には武藤信一伊勢丹社長が、社長には石塚邦雄三越社長に就任する予定だ。

両社は2010年に増床を予定している三越銀座店のリニューアルを共同で進める一方で、情報システムや商品仕入れ、クレジットカードの共通化を進めていく。2013年度までに、売上高営業利益率を2.8%(同)から5%に引き上げる計画だ。

三越は中期経営計画「三越 ブランド ルネサンス 6ヵ年計画」を掲げて自力での経営改善策を進めていた。にもかかわらずなぜ、伊勢丹との経営統合に踏み切ったのか。両社の経営統合は今後、流通業界にどのような波紋を広げていくのだろうか。

70年代に始まった中期低迷から抜け出せない三越

三越は百貨店の中でも老舗中の老舗。1904年に日本で初めて「デパートメントストア宣言」をし、呉服屋から百貨店に転身した。戦後もいち早く経営を建て直し、1972年にダイエーに抜かれるまで、流通業界の売上高トップを続けた。

しかし1972年4月に社長に就任した岡田茂氏による経営の私物化や、坂倉芳明氏によるゴルフ場への投資失敗などが経営を圧迫。その後、坂倉氏に代わって社長に就任した津田尚二氏がゴルフ場問題の再燃で退任すると、井上和雄氏が1998年1月、社長に就任した。井上氏は希望退職を募ったり、大幅なリストラを進めるなどして経営の建て直しを図ったが、勝ち組に返り咲くことはできなかった。

その後2002年2月には、井上氏を継いで中村胤夫氏が社長の椅子に座った。中村氏は2003年9月、日本橋三越、名古屋三越、千葉三越、鹿児島三越、福岡三越の5社を合併して新・三越を設立。グループ経営を徹底しようとした。ところが地方店舗や新宿アルコットなどの不振がたたり、2005年2月に40億円の最終赤字に転落した。大阪店を売却し特別利益を計上したにもかかわらず、赤字を補えなかった。同年4月、中村氏は社長の座を石塚邦雄氏に譲り、代表取締役会長に退いた。

三越の経営は、いまだは改善されていない。連結売上高は、2005年2月期から3年連続で減収。連結経常利益は、2006年2月期の199億円から2007年2月期には170億円に減少した。

こうした状況から脱するために石塚氏は、2007年2月「三越 ブランド ルネサンス 6ヵ年計画」に取り組み始めた。2012年度までに連結経常利益450億円、連結営業利益率4.5%以上、連結ROA(総資産利益率)7%以上、有利子負債残高1000億円以下にすることが目標だ。目標実現のため、1800億円を投資して、店舗の大幅なリニューアルなどを計画した。

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