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HOYAのペンタックスへのTOB、その舞台裏を振り返る

2007年8月28日

(松崎 隆司=フリーライター)

HOYAが7月3日から行ったペンタックスへのTOBが、8月6日に終了した。結果は「成立」だった。

買い付けを予定したのは6774万株。発行済株式総数(1億2792万5007株)からペンタックが保有する自己株式(13万8164株)を除き、円建転換社債型新株予約権付社債の新株予約権が行使され株式に転換された場合の普通株式の最大数(768万4530株)を加えた数(1億3547万1373万株)の約50%を目標にした。これを超える応募があった場合は、それらを全部買い付ける方針だった。

買付価格は普通株式が1株770円、新株予約権付社債は1個(社債の額面は100万円)143万3056円、新株予約権は1個につき1円だった。結果としてHOYAは、普通株式を1億1806万4117株、新株予約権付社債を463万9750株(株式に換算した数)、合計1億2270万3867株を取得した。これは前述の1億3547万1373万株の90.58%に相当する。

今回のTOBは、ペンタックス経営陣がぎりぎりまで反対したにもかかわらず成立した。実質的には、相手方経営陣の意に反して買収する敵対的TOBであったと言ってもいいだろう。敵対的TOBが日本で成功したケースはこれまでほとんどなかった。日本では初めてのケースだろう。果たして、その水面下ではどのようなことが起こっていたのだろうか。

業務提携の話は3年前から進行していた

HOYAの鈴木洋社長とペンタックスの浦野文男社長(当時)が業務提携に向けて話し合いを始めたのは3年前の2004年。

業界団体の賀詞交換会や会合ですでに面識のあった2人は、それまでにも、業界の課題や今後の展望などについて話し合っていた。

「医療事業で合弁事業をしましょう」。

両社の社長の間ではこんな話が浮上していた。

デジカメの出遅れが、ペンタックスの業績低迷を招いた

ペンタックスはフィルムカメラの老舗である。35ミリ一眼レフを初めて国産化。高度経済成長のころにはドイツ・メーカーに打ち勝ち、世界の市場を席巻した。しかしデジタルカメラの台頭でフィルムカメラの市場は急速に収縮。デジカメ進出に出遅れたペンタックスは、キヤノンやオリンパスなどに大きく水を開けられた。このため2000年3月期には、連結経常利益で32億円の赤字に転落した(1999年3月期は83億円の黒字)。

こうした中、創業一族である松本徹氏に代わって、非創業一族の浦野文男氏が社長に就任。2001年度から中期経営計画を進め、希望退職や有利子負債の圧縮で経営体質を改善し、事業の黒字化を実現した。

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