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小泉政権から安倍政権へ 日本の政治に何が起こったのか

2006年12月27日

安倍晋三内閣が発足して3カ月になる。当初は小泉内閣よりもむしろ高い、約70パーセントの支持率があった。ところが、その後支持率はどんどん降下し、いまや新聞各社の世論調査では50パーセント前後だ。50パーセントを切っているものもある。なぜ支持率はどんどん落ちているのか。

好スタートを支えたサプライズ

安倍政権の当初の高い支持率の理由の一つに、日中首脳会談の実現があった。一般的には小泉前首相よりも右寄りでタカ派だと思われている安倍首相が小泉前首相にはできなかった日中首脳会談をやってのけた。これが国民には大きなサプライズだった。

小泉前首相より右寄りでタカ派ということは、「安倍首相は中国が好きではない」、もっと言うならば、「小泉前首相以上に靖国神社に固執するはずだ」ということになる。現に、私の番組であるテレビ朝日の『サンデープロジェクト』で小泉前首相に昭和の戦争とA級戦犯についての見解を質したとき、小泉前首相ははっきりと「あの戦争は間違いで、やってはいけない戦争だった」と言い切った。A級戦犯に関しても「A級戦犯は、A級戦犯だ」と答えた。

しかし、安倍首相は「それは後世の歴史家が判断することであって、政治家が軽々に判断すべきではない」とはっきりしない。そういう意味で安倍首相はあの戦争について一般の国民とは違った価値観を持っており、小泉前首相より右寄りでタカ派だといえる。

安倍訪中の舞台裏

そんな安倍首相の日中首脳会談実現の裏には、実は、外務省や安倍首相の側近が安倍政権の成立するだいぶ前から計画を練っていたということがある。おそらく5、6月から計画があった。だから安倍首相はその時から8月15日に参拝はしない、秋の例大祭にも行かないと決めていたはずだ。

さらに、今年安倍首相が訪中して日中首脳会議が行われたということは、当然来年07年には、中国から胡錦濤(こきんとう)国家主席か、少なくとも温家宝(おんかほう)首相が日本にやってくるという約束がなされていたはずだ。その時期はおそらく春であろうと思われる。

ということは、胡錦濤国家主席か温家宝首相が来るまでは靖国神社には行かない。おそらくは温家宝が来た後に、あるいは胡錦濤が来た後に、彼らに恥をかかせるようなことはしないであろう。つまり、少なくとも来年夏まで靖国神社には行かないという決意を彼はしたはずなのだ。このような水面下の動きが実はだいぶ前からあったわけだが、国民にとっては「右」の安倍首相の訪中は思わぬサプライズとして受け止められ、支持率上昇につながった。

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