このページの本文へ
ここから本文です

郵政造反組復党問題の背景で激しく展開された“早慶戦”

2006年11月30日

(浅川 博忠=政治評論家)

11月27日に、平沼赳夫氏を除く11人の郵政造反議員の自民党復党が確定した。復党するのは堀内光雄、保利耕輔、野田聖子らの各氏である。わずか14カ月での復党に対して、世論の評価は厳しい。だが、安倍晋三首相や青木幹雄・自民党参議院議員総会長、片山虎之助・同参議院幹事長などは、「来夏の参院選までにはこのマイナスは完全に消化されているはず」と読みきっているのだろう。「人の噂も75日」というわけだ。

中川秀直幹事長と平沼赳夫氏の根深い確執

さて、復党に至る直前に、中川秀直幹事長と平沼赳夫氏の確執が注目された。同じ慶應義塾大学卒で当選9回生、同じ清和会(現町村派、その前は森派)所属議員だったことがある両者は、酷似する部分があるのだけにライバル意識が強い。

中川氏は新自由クラブを経て清和会入りした途中入社組。日本経済新聞の記者という前身を持つことから、産経新聞系列出身の森喜朗氏と気脈を通じた。清和会の中のみならず森内閣でも、官房長官に抜擢されるなど頭角をメキメキ表わしてきた。平沼氏の盟友である亀井静香氏と、広島県の政界支配を競い合ってきた経緯がある。

三塚派が森派へと転身する1998年に、中川氏は当然ながら森支援に回った。小泉純一郎氏も森氏を支持して勝者となっている。これに対して、平沼・亀井の両氏は三塚博体制をもうしばらく継続させてから亀井派に転換することを目論んだ。

これが起因して、その後の総裁選に小泉氏が2度目の出馬をした際に、平沼・亀井両氏は故・梶山静六氏を裏面で支援した。この結果、小泉氏は、当選した故・小渕恵三氏のみならず梶山氏にも敗れ最下位になった。この直後に平沼・亀井両氏らは清和会を脱会。旧中曽根派と合流して志師会を結成した。

この行為を、候補者であり一本気の小泉氏は「許せない」と怒った。2005年の郵政解散において、小泉氏が亀井・平沼氏らを敢然と排除して刺客を送り込んだのは、こうした近親憎悪の念も込められているからだった。

さて中川氏。森内閣の官房長官を女性スキャンダルで辞任したものの、その後、小泉首相と森氏の間の連絡将校役を務める。小泉氏によって自民党国会対策委員長、同政務調査会長の役職を与えられて復権を果たしていく。この間、慶大同窓の小泉氏に恩義を覚えるに至った。

(全 2 ページ中 1 ページ目を表示)

あなたのご意見をコメントやトラックバックでお寄せください

記事検索 オプション

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。

ご案内 nikkei BPnetでは、Internet Explorer 6以降、 Safari 2以降、Opera 8以降、Netscape 8.1以降またはHTML 4.01/CSS level 1, 2をサポートしたWebブラウザでの閲覧をお勧めしております。このメッセージが表示されているサポート外のブラウザをご利用の方も、できる限り本文を読めるように配慮していますが、表示される画面デザインや動作が異なったり、画面が乱れたりする場合があります。あらかじめご了承ください。

本文へ戻る