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安倍政権のカギは国家意識から生活密着へギアチェンジ

2006年10月17日

(浅川 博忠=政治評論家)

強運も手伝い、順調な始動

「代議士生活13年」。「当選5回」。「52歳」。年齢・経験共に破格な記録で首相に就任した安倍晋三氏。ビジネスパーソンの生活でたとえるならば、課長職がいきなり社長に抜擢され昇進したのと同じだ。 それだけに、その若さや未熟さが不安視されていた。

ところが小沢一郎・代表の緊急入院と細野豪志代議士のスキャンダル発覚で民主党は、新内閣攻勢のスタートでつまずいてしまった。加えて新首相の初めての外遊・訪中韓のときに北朝鮮の核実験騒動が起こった。

これらの一連の出来事は、明白に安倍首相に追い風となった。当初の不安要素は吹っ飛ばされてしまった観が強い。破格な記録での首相就任も強運による要素が大きいが、一連の出来事も見事に安倍首相の強運さを示していると称せよう。

亡父・晋太郎氏の外相秘書官としてビジネス界から政界へと身を転じた彼は、この時期から拉致問題にかかわる草分け的存在だった。以来、この問題で強硬姿勢を保持し続けてきたために、彼の国民的な人気は抜群に高まるに至った。

「この問題を通じて国民に“国家意識”を芽生えさせたと、政治家としていささか自負している」と、幹事長時代の安倍氏が語っているのを聞いたことがある。そして首相就任直前の彼は「憲法改正や教育改革に果敢に取り組む闘う政治家になるつもりだ」との決意を著者に披瀝(ひれき)してくれた。

こうした安倍発言は、「自分は国民に国家認識を植えつけると同時に、国家基本問題の政策に重点を置いて取り組んでいく」と強調しているのに通じる。だからこそ、北朝鮮の核実験騒動は、安倍首相が彼の政治路線をスタートさせるにあたって、とりわけ強運を示すタイミングで起こったと言える。

安倍首相の「国家意識」の背景

安倍首相の祖父は60年安保騒動の主役である岸信介・元首相。父は外相・通産相ポストを通じて「創造的外交論」を展開した安倍晋太郎氏。両者を含めて一族三代が自民党幹事長の要職を務めた記録も、今後、破られることはなかろう。

安倍氏はその幹事長ポストに麻生太郎氏を据えようと欲したが、森喜朗元首相に反対されて中川秀直氏を指名した経緯がある。麻生氏の祖父は吉田茂・元首相で、講和条約を締結させて戦後復興の礎を築いた最大の功労者だ。

だからこそ「国家意識」の強い安倍氏は麻生氏を幹事長にと願望したわけだ。

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