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フジテレビを味方に引き入れたUSEN宇野社長の素顔

2006年3月28日

(松崎 隆司=フリーライター)

ライブドア株の上場廃止で頭を抱えていたフジテレビに救世主が現れた。

動画の無料配信サービス「GyaO」などで急成長と遂げているUSENの宇野康秀社長だ。フジテレビが抱えるライブドア株12.7%を、宇野社長がポケットマネーで買い取るというのである。1株71円、総額は95億円。ライブドアは訴訟リスクを抱えており、十分な精査ができない。そこで、USEN本体にリスクを負わせられないという配慮から、宇野社長が個人で買い取った。

ライブドアグループとの関係を強化することでUSENは、ソフトバンクや楽天と並ぶIT企業3強の一角を占めることになる。

幼いころから事業家を目指し、松下幸之助の伝記を読みあさる

宇野氏は、IT業界の中では「兄貴的存在」であり、若い経営者からの信頼が厚い。

楽天の三木谷浩史社長とはゴルフ仲間。「ショウタイム」を共同事業として展開してもいる。サイバーエージェントの藤田晋社長も宇野氏を慕っている。しかもその一方で、バンダイナムコホールディングスの中村雅哉・終身最高名誉顧問など年長者にも人気がある。

宇野氏とは、いったい、どのような人物なのだろうか。

宇野氏が生れたのは大阪府。父、元忠氏は大阪有線放送を1961年に創業。NTTの電柱を無断使用するなど、強引な手法で事業を拡大した。

いっぽうの宇野氏は幼少のころから事業家を志し、松下幸之助などの伝記を読みあさったという。

明治学院大学に入学すると、学生イベントなどを手掛けるプロデュース研究会に入り、その手腕を発揮した。大学卒業後はリクルートコスモスに入社。1年半後には仲間とともに会社を辞め、人材派遣会社「インテリジェンス」を設立、業績を順調に伸ばしていった。藤田晋氏は「インテリジェンス」に入社し、宇野氏の薫陶を受け、ベンチャー企業を創業した一人だ。

ブロードバンド事業に着目

宇野氏は、父親のやり方に強い反発を感じていた。だが1998年、末期の前立腺がんで倒れた元忠氏の遺言を受け、大阪有線放送を継ぐことを決意。1998年7月、2代目社長に就任した。有線放送の事業に限界を感じていた宇野氏は2000年4月、社名を「有線ブロードネットワークス」に改め(現在の社名はUSEN)、ブロードバンド事業へ進出し上場を目指すことを決断した。

「ブロードバンドのインフラ整備が遅れていた。だから光ファイバーを敷設することから始めた」。宇野氏は当時こう語っていた。

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