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それでもLE-5エンジンの開発には9年がかかった。LE-5を第2段に使用したH-Iロケット1号機は、1986年8月に打ち上げられ、完璧に成功した。

研究の発端から開発開始まで8年、そして打ち上げに使用するエンジンの開発開始から実機打ち上げまで9年という時間をかけ、なおかつ可能な限り保守的で実績のあるエンジン設計を採用し、やっと日本は液体水素という推進剤をものにしたのである。

H-Iロケット第2段に使用したLE-5エンジン。その設計は成功することだけを目的とした保守的なものだった(Photo by JAXA)。

新しい推進剤を使うということは、それだけ大変なことなのだ。

一方、LNGを推進剤に使おうとする動きは、1980年代後半に、角田支所を中心に始まった。もしも1990年頃から年間数億円レベルであっても予算を付けて本格的な研究を立ち上げ、LNGの燃焼特性や、ロケット技術の核心というべき噴射器設計のノウハウを蓄積していたら、GXのLNGエンジン開発は、ここまでトラブルに悩まされることはなかったろう。

しかし実際には、1990年代初頭の日本の宇宙開発は、H-IIロケット第1段用のLE-7エンジンの開発が難航しており、予算的にも人員的にも、そして関係者の精神的にも、LNGの基礎研究に力を注ぐ余裕がなかった。

そして最初のボタンの掛け違いが発生した。GXは、基礎研究を十分に積み重ねる前に、実機用のLNGエンジンを開発へと進んでしまったのだ。液体水素を実用に供するため、基礎研究に8年をかけた慎重な姿勢は、LNGに関しては忘れ去られた。

その背景には、LE-5エンジンが関係者も予想していなかったほど完璧に成功したということがあったのだろう。「成功するために何をしたか」は忘れられ、「液体水素が成功したのだからLNGだってできるだろう」という根拠なき楽観的姿勢だけが残ったのだっだ。

松浦 晋也(まつうら・しんや)

ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)などがある。

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