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親に過保護すぎると「子育て力」でゲームに向かえない

別に批判するつもりはないが、「ノーテレビ・ノーゲームデー」というと、どうしても携帯電話の「フィルター」を連想してしまう。

とにかく「弊害あり」からスタートし、「見せない、さわらせないのがイチバン」とばかりに、地域ぐるみ、学校ぐるみ、あるいは社会的に禁じてしまうのだ。それなりの評価もあるので成果はあるらしい。そうはいっても、個人的には、どことなく違和感が残る。

ある地域に行けば、特定の日には、ほとんどの家庭でテレビが点いてないし、ゲームもしていない。子ども達の携帯電話には、一律、アクセスできないサイトがある。まるでSFの世界のようだし、ヘソ曲がりかもしれないが「なにも、そこまで」という思いがする。

いまや「ゲームと無縁でいるのは不可能」であるからには、その「弊害」について真剣に考えなければならない。一律に「ゲームしない日」としてしまっては、どんな「弊害」があって、それから子どもを守るにはどうするのかは見えてこない。子ども自身に、ゲームの「弊害」への抵抗力を身につけさせるためにも、親が「弊害」ついて具体的に認識していくことは必要である。

そもそも、小さい子どもと、小学校高学年では、ゲームの「弊害」による影響は異なるし、それへの対処も違ってくるだろう。また、それぞれの子どもの個性によっても、ゲームとの関係は一律にはならない。

「弊害あり」だから「見せない、さわらせない」だけでは、子ども一人ひとりが、ゲームの「弊害」への抵抗力は育たない。それだけ、一歩間違えば──そんな危険さえある。

同時に、親としての「子育て力」もはぐくまれない。

たしかに、事件が起きゲームの「弊害」が報道されると、お母さんお父さんは心配になる。自分の子どもとゲームの関係について悩む。「1時間では長すぎないか」と不安になるのは当然なのだ。その心配や不安や悩みを、子どもと向きあっていくことで、ひとつひとつ克服してこそ、親としても「子育て力」が身についていく。

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