残念ながら、ネットの掲示板は違う。
コミュニケーションでの失敗が多いのは同じとしても、息づかいや表情や口調から気づくことはできない。関係が円滑かどうか考える要素が文字だけだから、書き込みがありさえすれば、コミュニケーションが成立してると思ってしまう。もし関係がこじれても、逃げる方法もある。その掲示板にアクセスしなければ、修復に悩むこともない。
結論的にいえば、ネットの掲示板には、コミュニケーションの失敗を認識しにくい特質がある。たとえ失敗しても、修復の努力よりもアクセスしないで逃げてしまうのも可能なのだ。
その意味で、「失敗は許されない」子ども達に、ネットの掲示板は魅力的なのだろう。
もし。犯人の成育過程が報道のままだとしたら、「支え」をネットの掲示板に求めた気持ちもわからないでもない。「失敗は許されない」環境のなかで育てられながら、失敗してきたと思いこんでいたとしたら、失敗を認識しにくく、修復よりも逃げてしまえるネットの掲示板を選ぶのは自然だろう。
そうして書き込んだ掲示板が、引き金に変わった可能性は否定しきれない。
絶望と「自分を肯定できない」思いが連鎖した先
だからといって、「現実から逃避したインターネットで『無視されたと感じ』」の報道には、おおいに疑問が残る。
実際の書き込みでは、内容は別としても、それなりのコメントがつき、いわゆる「レスなし(書き込みにコメントがつかない状態)ではなかった。心情の吐露が多いという印象はあるが、「無視」されていたとするには無理がある。
報道が真実だとすれば、犯人だけが「無視」されたと思っていることになる。だからといって、「自己中心的で自分勝手」な犯人とするのは、あまりにも危険すぎるだろう。
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