白黒をはっきりしにくいから「学力」という妖怪が
実のところ、お父さん、お母さんの声には、いわば「いまのところ判断は保留」的な要素が色濃かった。統計としてマトメたわけではないが、「学習指導要領の改訂で、授業時間が増えることについて賛成?反対?」にしても、約50%から60%が「どちらともいえない」のような印象は強い。賛成や反対にしても「どちらかといえば」という枕言葉がつくだろう。おそらく、賛成や反対にしても「きっぱり」は少数に違いない。
たしかに、マスコミの淡白な報道という要素は大きい。しかし、いくら特集で大きく伝えられたとしても、こと学校教育に関しては、「ぜったいに賛成」とか「なんと理由をつけられても反対」と、白黒をはっきりしにくい。おそらく「(授業時間が増えるといわれても)子どもの『学力』を考えると、反対とはいいにくいけど、子どもの『負担』が増えるかと思うと、単純には賛成しにくい(小学生の子どもを持つお父さん)」的な意見が大多数なのだろう。
それだけ教育についての判断は難しい。「学習指導要領」とは直結していないが、県立高校での「日本史」必修化を打ち出した神奈川の方針に対しても、お父さん、お母さんの間には「なともいえない」が多かった。個人的にも、日本史――とりわけ近代の日本史について知らない若年層に接すると、「日中戦争や太平洋戦争も知らないの」となるが、いざ必修とされると「課目が増えるとタイヘンだよなぁ」と、一転して「物分りの良いオヤヂ」風になってしまう。
ただ、「やはり『学力』低下は心配」という意見が、ほとんどのお父さん、お母さんから聞かれたのが、どうしても気になって仕方がない。要するに「国際的な学力調査」で日本の成績低下が報道され、それに影響を受けて、「わが子の『学力』が心配」になったのだろう。それは理解できないわけではない。小学校高学年になっても「分数の足し算」がアヤフヤでは不安にもなるだろう(たんなる例です)。
しかし、大きな疑問が残る。「国際的な学力調査」とは、どんなものだろう。解説風には「OECD(経済協力開発機構)が、義務教育終了段階の15歳を対象に、数学、読解、科学、問題解決能力の4領域の知識と技能について調査(はてなダイアリーから抜粋)」しているものらしい。たしかに、国際的な比較は可能かもしれないが、はたして、それで子どもの「学力」が分かるのだろうか。
どうも「学力」そのものが、実態がはっきりしない妖怪のように肥大化し、ひとり歩きしているようだ。その結果、「学力」という言葉が出てくるだけで、判断しにくくなっているような気がしてならない。
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