「学力」という妖怪がひとり歩きする教育現場(1)〜「知らないうちに、決まっていた」になりかねない「学習指導要領の改訂案」
なぜか「あれっ、いつのまに?」という戸惑うことが多い。ごく最近も、発注先のデータセンターへの入室方法が変わり、「聞いてないよぉ」と大慌てになってしまった。仕事関係で申し訳ないが、知らないうちに担当者が変わり、典型的な零細受注業者である我が現場でも、「お仕事どうなるの?」と戦々恐々になることが度々ある。ほとんどが、我が現場の迂闊さのためで、いわば「身から出たサビ」だろう。
ところが、教育や医療の制度でも、これに近いケースが起きる。ごく稀にしか報道されなかった「後期高齢者医療制度」なども、「いつまにか」の例だろう。そもそも、高齢者の方を「後期」などいう言葉で分類すること自体が、かなり失礼なうえ、ネーミングのセンスとしても失格だと思うのだが、そのことについてマスコミが大きく取りあげたという話は聞かない。
今月の15日に、文部科学省から発表された「学習指導要領の改訂案」も似ている。翌日には報道されていたが、テレビのワイドショーやニュースショーで、コメンテータと呼ばれる皆さんが、鋭く追及したわけでもないようだ(すべての番組をチェックしてはいませんが)。マスコミ側から見れば、自衛隊の軍艦が漁船に衝突するわ、過去のロス疑惑が再びよみがえるわ――「それどころじゃない」というのがホンネだろう。
その結果かどうかは別としても、「学習指導要領の改訂」への関心は低い。どのような経過で「改訂」されようとしているのか、どうやって「改定案」が決定されるのか、まさしく「いつのまに、案として出てきたの?」状態である。先日の地域イベントで、何人かのお父さん、お母さんに聞いたのだが、「改定が決まると学校の授業がどうなるか」についても、ほとんどの方が曖昧模糊(あいまいもこ)としていた。
けっしてニュースに軽重をつけるつもりはないが、タレントの失言問題に時間を割くよりは(たまたま目にしただけです)、子ども達の将来にかかわる「学習指導要領」について深く報道するべきだろう。このままでは、「知らないうちに、決まっていた」になりかねない。たとえ、文部科学省が意見公募していようとも、関心が低いままでは、「いちおう聞きましたからね」の形式にしか過ぎなくなってしまう。
聞けば聞くほど、子ども達の将来を左右する学校教育について、お父さん、お母さんは明瞭な答えを見つけられないようだった。文部科学省が意図しているわけではないだろうが、知らないのは自己責任(=身から出たサビ?)と終わらせないためにも、情報の開示が求められている。
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