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原則的な問題が関係性や権威で曖昧なまま

直接、聞いたわけではないにせよ、お父さんやお母さんが、子どもに携帯電話やパソコンを買い与えたり、ネットに参加させる理由は想像できる。また、第1回の「オトナの知らない子どもの携帯電話とメールの世界」で取材させていただいたお母さん達から、間接的にだが、携帯電話やパソコンに対するお父さんやお母さんの考えを伝え聞き、それなりの理解もできないわけではない。

なかでも携帯電話は、「クラスのみんなが持っている」という主張(?)が、もっとも説得力も持っているらしい。たしかに「みんなが持っていても、ウチはウチ」といい切るには勇気がいりそうだ。さらに「A君もB君も持ってるのに」と具体的に子どもにいわれてしまうと、「必要ありません」と断言する自信は、個人的にもない。結局は「みんなが持つようになってるなら」というまま、買い与えるのが自然な流れなのだろう。

さすがにパソコンは「みんなが持っている」とはならないようだ。しかし、「学校で使うから」の説得力は大きい。さすが、専用のパソコンを買い与えはしないにせよ、「だったらお父さんの使えば」あるいは「居間にあるの使って」と応じる割合は、かなり多そうである。まして「先生がネットで調べろっていってた」といわれ、「図書館で本を探して調べなさい」と答えるのは、不可能に近いかもしれない。

それぞれが、それなりに理解できるが、拒むこと自体に「後ろめたさ」めいたものが残るような気がする。「みんなが持ってる」「友だちが持ってる」「学校で使う」「先生がネットで」。すくなくとも「みんな」「友人」は、子どもが重視しなければならない関係性であり、そこで違う行動を薦めるのは難しい。「学校」「先生」は、まさしく正当性のある権威であり、反対することは罪悪にさえ感じられる。

いわば、子どもの関係性や権威で流され、携帯電話やパソコンそしてネットへ──どうも、これが実態に近いのかもしれない。乱暴にまとめれば、「携帯電話やパソコンを持たせていいのか」や「ネットを使わせていいのか」という原則的な問題を、「みんな」「友人」という関係性や、「学校」「先生」という権威でスリカエ、曖昧なまま増えつづけているのではないだろうか。意地悪にいってしまえば、だから、お父さんやお母さんは不安になるし、子どもとネットに関わる「事件」もなくならない。

しかも、携帯電話のショップは、コンビニなみに多いし、パソコンも家電量販店や通信販売で簡単に買え、ネットだって気軽にアクセスし手軽に利用できる。いまや、オトナも子ども、携帯電話やパソコンそしてネットの「メビウスの輪」に陥ってしまった──というのはいい過ぎだろうか。

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