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陸上 末続 慎吾(後編)〜獲ってしまったメダル

(取材・文=荒川 龍 写真=小川 拓洋)

 開幕した北京五輪。そこに出場する日本代表選手を応援する企画「北京五輪への道」。最終回は、陸上男子200mに出場する末続慎吾。

 前回は、日本選手権200m決勝での敗戦の裏側、そして高野・末続コンビが目指してきた「日本スタイル」での世界挑戦について紹介した。引き続き、今回も高野進・東海大学体育学部 准教授の話をもとに、末続の意外な転換点と、高野のアスリート的な指導者観に触れる。

銅メダルという転換点

末続選手は、2003年にパリで行われた世界陸上・男子200メートルで銅メダルを獲得した。

── 末続のアスリートとしての転換点について高野に聞いてみた。筆者はあらかじめ、03年世界陸上での銅メダルと、翌04年アテネ五輪での100m2次予選敗退という、2つの選択肢を挙げてみた。すると、高野は予想外の答えを返してきた。

高野 うーん、どうかなぁ。パリの世界陸上での銅メダルが、彼にとっては最高のパフォーマンスだから、良くも悪くも、あの結果をその後も引きずるでしょうね。悪くもと言うのは、その後、記録が出ていないということ。本来、銅メダルを獲るために踏むべきプロセスを、彼の資質で、すっ飛ばしてしまった3位だから、それで苦労しているんですよ。着々と上がっていくところを一気に行っちゃったから。それぐらい才能があったということなんだけども、獲りに行ったメダルじゃなく、獲ってしまったメダルなんで、もう1回獲ろうとすると、その何十倍も苦労するということです。

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