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体操 冨田洋之(前編)〜美しい絵のような体操

2008年6月20日

(取材・文=荒川 龍)

 8月開幕の北京五輪に向けた日本代表応援企画「北京五輪への道」。第三弾は男子体操・日本代表の冨田洋之。「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への懸け橋だ!」――約4年前、語り草となるNHKアナウンサーの実況を受け、冨田洋之(当時23歳)が、鉄棒の大技「伸身の新月面宙返り」で着地を決める。アテネ五輪男子体操団体総合で、事実上、日本が28年ぶりの金メダルを獲得した場面。冨田は体操チームの主将として北京五輪を迎える。国内外で競うライバルでさえ、「美しい絵のような」と彼の体操をたたえる。しかし、8歳から体操を始めた冨田は天才肌ではない。かつて所属した体操クラブには、すでに中学時代から脚光を浴びる、同じ歳のスター選手もいた。童話「ウサギとカメ」にたとえれば、むしろ当時の冨田は「カメ」の役回り。その彼を15歳まで約8年間指導した、城間晃シロマスポーツクラブ理事長(55歳)を訪ねた。

開かない爪先 曲がらないひじ

── 大阪市内にある城間宅2階の居間。一通りの取材を終えた後、ビデオ映像を観ながら、城間に説明をお願いした。5月に行われた、体操のNHK杯兼北京五輪代表選考会の録画。素人目には、どうしても高難度の離れ技に目を奪われてしまい、冨田の体操のどこが、どう「美しい」のかが、筆者にはよくわからなかったからだ。

城間 誰にでもわかりやすいのは、絶対に開かない足の爪先。まるで両脚の親指を、接着剤でピタッと引っ付けたみたいですよ。ただ、くっ付いているだけではなく、両足の甲も真っ直ぐに伸びてる。五輪代表クラスでも、鉄棒種目で大技をするときには爪先がゆるむ。つまり開くんですよ。鉄棒から手を離して、空中で回転して再び鉄棒をつかむ離れ技では、選手は鉄棒をつかむことを最優先に考える。だから爪先まで意識が回らずに開く。あるいは、落下する危険があるから鉄棒に近づきすぎて、鉄棒をつかみ直す際にひじが曲がってしまう。体操競技では、どちらも減点の対象です。だが、冨田はどちらもありません。唯一着地する直前だけですよ、彼の爪先が開くのは。

── 城間が指摘した2点だけに着目しても、冨田の体操はまるで違って見えた。離れ技でも爪先は一度も開かず、ひじも曲がらない。鉄棒を再びつかむだけでなく、彼の神経は、爪先やひじにまできちんと張りめぐらされていた。その気持ちのゆとりと、完璧に制御された演技から伝わる緊張感、そんな緩急のバランスを支える高度な技術。それらの見事な調和を感じられたことで、彼の演技ががぜん、優雅なものに見えてきた。

冨田洋之(とみた・ひろゆき)
男子体操。セントラルスポーツ所属。1980年、大阪市生まれ。京都・洛南高でインターハイ2連覇。01年に順天堂大学3年で全日本選手権を初制覇。04年のアテネ五輪で男子団体の総合優勝に貢献。05年の世界選手権(メルボルン)の個人総合で、日本勢31年ぶりとなる金メダル獲得。06年は同選手権の個人総合は銀、団体は銅メダル。写真は、アテネ五輪で男子種目別の平行棒で銀メダルを獲得したときの冨田選手

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