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石原批判の効果

今回の都知事選で、他の候補が石原氏に対する主な批判として挙げた点は3つあった。1)都の文化事業に四男を関与させたことによる「都政の私物化」批判。2)謙虚さに欠けるごう慢な性格とする批判。そして3)思想的に超タカ派に属するという批判。

だが、これらの批判は3つとも空振りに終わったように思う。

「都政の私物化」について、石原氏は「私の不徳」とか「反省している」と発言して都民を驚かせた。この石原氏の意外なしおらしさは、攻撃の矛先を鈍らせたばかりか、好感度を飛躍的に高めることになった。今回の勝利の決め手となったと言ってもよい。

その結果、彼を執ように攻撃する他の候補のほうが逆にごう慢の印象を与えたとも言える。

さらに石原氏特有のタカ派的発言も、選挙中には封印したのか、表に出ることはなかった。だからこの面での攻撃も選挙に与える影響は大きくなかった。

争点が拡散した

世論調査によると五輪招致が争点だと思っていた都民は1割程度に過ぎないという。世論の動きによって争点が微妙に変わるから、果たして本当の争点は何であるのか分からなくなった。争点がぼやけて拡散したため、終盤にかけて選挙戦が白熱化することなく終わった。

やはりこの選挙は「東京の暮らし」に的をしぼるべきだった。東京五輪招致も、東京のよりよい暮らしのために必要か、という論点から議論を深めれば有益であった。今後20年、30年後を展望した東京都民の暮らしを最優先の争点の基軸にすれば、選挙戦はもっと違う展開になったかもしれない。

夏の参院選を前に、今回の都知事選から学ぶことは少なくない。

田中 秀征(たなか・しゅうせい)

1940年長野県生まれ。東京大学文学部西洋史学科、北海道大学法学部政治学科を卒業。83年衆議院議員に初当選。93年6月に自民党を離党して新党さきがけを結成、代表代行。自民党時代は宏池会(宮沢派)に所属。細川政権の発足に伴い首相特別補佐。第1次橋本内閣で経済企画庁長官。現在、福山大学教授。「民権塾」主宰。

最近刊の「判断力と決断力」(ダイヤモンド社)をはじめ、「日本リベラルと石橋湛山」(講談社)、「梅の花咲く 決断の人 高杉晋作」(講談社)、「舵を切れ 質実国家への展望」(朝日新聞社)などの著書がある。

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