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地道に政策を勉強、芸能界に応援を頼まず

また東氏は、この時点での宮崎県の知事として、他を圧する適格性を有していたと言うべきだ。

彼と親交のある俳優の石田純一氏は、彼について「とにかくまじめで堅い人」と証言している。子供のころからの政治への熱意。タレント業の傍ら、大学へ通って政策勉強。そこに気まぐれではない決意が感じられる。80項目にわたる彼のマニフェストは、他候補に勝るものであったという。

多くの若い人があこがれる東京のテレビ業界。あえてそこを去って故郷に帰る。県民は、彼の並々ならない愛郷心の強さを感じただろう。

それに加え、芸能界に応援を頼まず、応援の申し出を断ったことも好感できる。

「改革派知事」や「タレント知事」はもう賞味期限が切れている。それだけでは有権者は動かない。今まで、期待はずれが多かったからだ。だから、タレント出身であることは、東氏の選挙にとってプラスと共にマイナスもあったはずだ。脱タレントに腐心し、共鳴できる政策提案を揚げ、地道な選挙運動を展開したのが奏功した。

最初が肝心

さて、多少なりとも選挙や政治の経験のある私から見て、東氏の県政には心配もある。

まず何よりも「最初が肝心」と言いたい。特にマニフェストの内容と人事については決して妥協してはいけない。とりわけ指名競争入札制度の廃止は、全国的な期待感がある。

人事は必要以上に急ぐことはない。間に合わせの人事は、後々の大きな障害になりかねない。中央や地方の行政に精通していないことは決して恥ずかしいことではない。それは「しがらみのない人」の証しとも言える。とにかく自分の主張を実現しやすい体制をじっくり時間をかけて築いてほしい。

県議会との関係は悩ましい。緊張関係は必要だが、いたずらに対立関係を招く必要はない。この点で彼の常識的な性格や姿勢は、プラスに働くと信じる。知事の意地が悪かったり、猜疑(さいぎ)心が強かったりすると、議会との関係がのっぴきならない憎悪に満ちたものになりやすい。

老婆心ながら、ひょっとすると意外なことに苦悩する可能性もある。それは選挙運動を共にした同志。あるいは側近の人たちとの軋轢(あつれき)だ。

東氏は、政党や団体とのしがらみがない。その分、周りの人たちとのしがらみは強い。「自分が当選させてやった」という錯覚に陥りがちな同志は少なくない。その「わがままな同志」の扱いは、政党や団体との関係以上に、本人を悩まし束縛することもある。

これも最初が肝心。知事就任早々に、同志との新しい関係を互いに確認すべきである。

田中 秀征(たなか・しゅうせい)

1940年長野県生まれ。東京大学文学部西洋史学科、北海道大学法学部政治学科を卒業。83年衆議院議員に初当選。93年6月に自民党を離党して新党さきがけを結成、代表代行。自民党時代は宏池会(宮沢派)に所属。細川政権の発足に伴い首相特別補佐。第1次橋本内閣で経済企画庁長官。現在、福山大学教授。「民権塾」主宰。

最近刊の「判断力と決断力」(ダイヤモンド社)をはじめ、「日本リベラルと石橋湛山」(講談社)、「梅の花咲く 決断の人 高杉晋作」(講談社)、「舵を切れ 質実国家への展望」(朝日新聞社)などの著書がある。

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