「アルビレックス新潟」、熱血サポーター誕生秘話
(日経ビジネスAssocie編集)
消費者が何を求めているかを見抜き、その心を揺さぶるために、仮説や情熱をぶつけていく。斬新な商品やサービスを広く浸透させるカギは「対話力」にある。市場で弱小な存在だとしても、発想を大胆に切り替える「逆転力」で道を切り開くことができる。大きなムーブメントを巻き起こした仕掛け人に、その神髄を学ぼう。
アルビレックスで街興し

池田弘氏(56歳)
アルビレックス新潟 会長
bjリーグ リーグアドバイザー
新潟総合学院 理事長
スポーツ不毛の地と言われた新潟にプロチームをつくり、“新潟の奇跡”を仕掛けたのが、Jリーグ「アルビレックス新潟」会長の池田弘さんだ。ホームグラウンド「新潟スタジアム ビッグスワン」を埋め尽くすオレンジの観衆は、今や新潟のシンボルとなった。
この成功例を基に、池田さんは2005年11月に開幕したプロバスケットボールリーグ「bjリーグ」のリーグアドバイザーとして設立の中心的役割を果たした。新潟では「アルビレックス」の名称を共有するスポーツチームが、サッカー、バスケット、チアリーディング、スキー・スノーボード、陸上競技と広がり、県の街興・県民の健康増進に貢献している。
この隆盛を池田さんはどのようにして築き上げてきたのか?
「そもそもお金を払ってスポーツを観戦する習慣がなかったし、サッカーへの理解も少なかった。だから、まずはサッカーを知ってもらうために、無料チケットを配りまくった」。
採算を度外視した策を無謀だと批判されたこともあった。それでも、1人でも多くの人にサッカーを見てもらうことこそが何にも勝る「対話法」だと信じた池田さんは、無料チケットの大量配布を徹底して続けた。その甲斐あって認知度は急上昇した。
新潟の人々にとって初めての“おらがチーム”であるアルビレックスは、池田さんの想定を超えるほど人々の心に火をつけた。無料配布チケットの割合を減らしても、スタンドはチームカラーのオレンジで埋め尽くされる。選手はサポーターの後押しを得て結果を出し、サポーターはまた試合を見に行くという好循環ができた。
日本のスポーツはプロ野球のような「企業文化」が中心となって支えてきた。Jリーグはその枠組みから脱し、欧米のように「地域」が支える運営体制を目指していた。その成功例は浦和や鹿島などにも見られるが、とりわけ新潟は目を見張るものがある。
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