水都・大阪に水陸両用車を走らせる(2)
(聞き手:諏訪 弘=フリーライター)
(前回記事はこちら)
大阪の街に水陸両用車を走らせたい。そして、大阪の街を川から元気にしたい。そう願う須知裕曠(すち・やすひろ)氏に立ちふさがったのは、さまざまな法規制の壁だった。ブレーキの制動距離はこうでなくてはならない。衝撃耐性はこれだけ確保しなくてはいけない…。彼はそれを、持ち前の行動力で少しずつ解決していく。すべての規制をクリアできたのは、最初に水陸両用車を購入してから6年がたったときだった。
── どのような経緯で水陸両用バスを購入したのですか。

水陸両用バスのツアーは陸上60分・水上30分の旅。須知さんもガイドとして乗船する
須知 2001年に買った水陸両用車は、先にも言ったように「小手調べ」でした。水陸両用車とはどんなものか知っておこう、という程度のものだった。ところが思いのほか早く走行許可が下りたこともあり、イベントなどでお披露目や試運転をする機会がありました。すると、お客さんの反応がすごくいいんですね。これは行ける、と思いました。「一刻も早く水陸両用バスを買って、運行させなあかん」とね。
そうなるともう、居酒屋経営の片手間で取り組むわけにはいかない。私は店を閉めて、水陸両用バスの運行実現に専念することにしました。最初にしたことは金策です。なにしろ水陸両用バスは新車で買うと7000万円ですからね。とてもそんなお金は私にはない。そこで事業計画を持って銀行に行きました。
銀行の担当者は言いました。「ほう、おもろい事業計画ですな。で、これは実現するんですか?」。私は答えました。「さあ、どうでしょう」。そう言うしかないですよね。だって日本初の事業だし、どうなるかなんて本当に分からないんだから(笑)。当然、融資はしてもらえませんでした。ノンバンクにも行きましたが、こちらも同様の対応でした。

大阪・水かいどう808代表の須知 裕曠さん
銀行も駄目、ノンバンクも駄目。どうしたものかなと考えあぐねていたところ、ある中小企業の経営者の方が、私を見かねたのか「じゃあ3500万円出そう」と言ってくれたんです。有難く頂いて帰ってきました。後になってその社長さん、奥さんにえらい怒られたらしいですわ。まあ当然ですわな。でも、そのときには既に米国のメーカーに手付けとして送金した後でした(笑)。
でも3500万円も払っても、ようやく半金でしょ。全額払わなくてはバスは来ない。それでまた友人・知人を訪ねてお金を借りて回りました。「おう、500万貸してくれ。利子は付けられないし、いつ返済できるか分からんけどな」と言ってね。それで残る代金3500万円と、当座の運転資金を集めたんです。私はどこでもそんな調子で借金して回りましたよ。ほとんど口約束でね、借用書も書いていません。
そんなことができたのは、私に実績があったからでしょうね。自分で言うのも口はばったいですが…。先にお話しした淡水真珠の養殖にしても、「これをやる」と言ったら、必ず成し遂げて一定の成果を出してきた。そういう信用の積み重ねがあればこそです。水陸両用車の購入を持ちかけてくれた電力会社の方だって、「須知なら有効活用してくれるだろう」と思ってくれたからこそ破格の値段で譲ってくれたんです。
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