特集:
ダイエットで寿命を延ばす 生死を分かつ ウエスト85センチ

「あなた、家にばかりいるからお腹周りが太ったわね」
「至って健康、ウエスト85センチなんて普通だよ!」
いえいえ普通じゃありません。自覚症状がなくても「85センチ以上」はかなり危険な“病気”です。人生100年を目指して、定年後のダイエットを始めませんか。

文/北方 雅人、池田 信太朗(日経Masters)、写真/菊池 一郎
2005年10月25日

内臓脂肪が死を招くメタボリック症候群の恐怖

 定年退職を迎えたAさん。朝起きてもパジャマのまま朝食を摂る。昼までテレビを眺めたり新聞を読んだりして過ごし、昼食を済ますと、そのまま布団にごろり。昼寝から起きて夕食を済ませ、またテレビの前に陣取ってビールを飲んで煎餅をぼりぼり。

 同じく定年まで勤め上げたBさん。規則正しい時間に起床して朝食前に体操を欠かさない。午前中にゆっくり犬の散歩に出かけ、近所の河原まで歩く。テレビはニュースを確認する程度で、夕方にはまた小一時間のウオーキングに出かける。月に一度は、妻を連れてトレッキングを楽しむ――。

 順天堂大学の河盛隆造教授が描く、定年退職者たちの典型的なライフスタイルだ。「現役時代の不摂生を取り戻すべく健康的な生活を心がける人と、現役時代より動かなくなって余計に不健康になる人とに、二極化していることを実感する」という。

 挙げた例はやや極端かも知れないが、前者Aさんに近い生活を送っている定年退職者は少なくないはずだ。運動量が減れば、おのずと体重は増えていく。

 穿いていたズボンのボタンが留められなくなって「そろそろ痩せなくちゃなあ」と思っても、「ダイエット」という言葉に抵抗感を覚える50代、60代の男性は多い。「ダイエットなんて若い女性が見てくれのためにやるものだ」「高血圧や糖尿病になったならまだしも、太っているだけなら貫禄があってかえってよろしい」という声を取材中も何度か聞いた。

 ところが近年、外見容姿のためでなく、「命を守る」ためにもダイエットが必要であることが医学的な研究で分かってきた。逆に言えば、ダイエットしなければ死に至る病に冒されるリスクが高まることが明らかになってきたのだ。

 「メタボリック症候群シンドローム」――

 この聞きなれない言葉が、なぜ命を守るためにダイエットが必要なのかを説明する鍵となる

内臓脂肪が動脈硬化の呼び水に

 2005年春、日本内科学会はこの症候群の診断基準を発表した。ウエスト(へそ周囲)が男性85センチ、女性90センチを超える人で、さらにリポ蛋白異常、血圧高値、高血糖のうち2つ以上の症状が出ていること、というものだ(右下の表)。

 体重ではなく、ウエストサイズを診断基準の「必須項目」として取り入れたことに注目してほしい。その理由は、ウエストサイズが大きければ大きいほど、体脂肪、とりわけ内臓脂肪(腹腔内の内臓の間につく脂肪)は多くなるからだ。

 体重では内臓脂肪の蓄積について判定できない。これまで「肥満」の判定で広く使われていたのは体重を元にして計算するBMIという指標だった。体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割った数値で、「25」前後が肥満かどうかのボーダーラインとされる。

 BMIで分かるのは、身長に対してどのくらい体重があるかという単純な目安。例えばへそ周囲のウエストサイズが85センチを超えていたとしても、身長が高ければBMIは低く出る。一方、メタボリック症候群の診断基準では、身長がどれだけ高くても、低くても、ウエストサイズが85センチを超えたら「アウト」だ。

 腹部は身体の中でも特に脂肪が蓄積されやすい部位。ここが基準以上に大きい場合、まず体脂肪の蓄積が多いと考えていい。メタボリック症候群の考え方では、身長にかかわらず、腹部への脂肪、特に内臓脂肪の蓄積を問題視する。

 内臓脂肪過多として問題にされるのは、CT装置を使って、腹部をへその高さで輪切りにして見た時に、内臓脂肪の面積が100平方センチを超えている状態だ。これをウエストサイズに直すと、男性はおよそ85センチ、女性は90センチになる。

内臓脂肪型肥満   皮下脂肪型肥満

 男女差は、内臓脂肪のつきやすさに関係する。同じウエストサイズでも、女性は皮下脂肪が蓄積されやすく、男性は内臓脂肪が蓄積されやすい(上図)。

 ではなぜ、そもそも「内臓脂肪」の多寡が、メタボリック症候群の診断基準では問題視されるのか。

 「内臓脂肪が過度に蓄積されることが、動脈硬化につながるからです」と東京大学大学院の門脇孝教授。

 次ページ左上の図に示したように、内臓脂肪が過度に蓄積されると、「脂肪細胞」から分泌される物質(アディポサイトカイン)の量が変化する。具体的には、動脈硬化を防ぐ働きをする善玉の物質が減り、動脈硬化を進める働きをする悪玉の物質が増えるのだ。

 結果として動脈硬化が進行することになる。その表れとして、血圧や血糖値、血中コレステロール量が上昇し始める。これが「メタボリック症候群」の状態だ。

 動脈硬化は、心筋梗塞や脳梗塞、狭心症など死に至る病に直結する。内臓脂肪が多すぎる場合、減らす努力――つまり「ダイエット」を心がけなければ、日本人の死因の上位を占める恐ろしい病気に冒されるリスクが徐々に高まっていくというわけだ。

内臓脂肪は燃えやすい

 右ページの診断基準でメタボリック症候群との判定が出ても、必ずしも慌てて病院に駆け込む必要はない。

 血圧や血糖値について見れば、それぞれ個々の基準値は「高血圧」や「糖尿病」と診断される前の段階だ。へそ周囲のウエストサイズが85センチを超えたとしても、日常生活にはほとんど支障はないだろう。ただし、だからといって放置しておいてよいということではない。

 明確に「高血圧」「高脂血症」「糖尿病」「肥満症」にならないと「病名」がつかないのでつい安心して放置しがちだが、個々の症状が激化する前に危険は近づいている。危険だからこそ、これまで病名がなかった動脈硬化の前兆段階に「メタボリック症候群」という名前が付けられた。

 「血糖値がわずかに高いとか、血圧が高めだとかという一つひとつの因子が“チンピラ”に過ぎなくても、集まって徒党を組めば“殺人”を犯すことになる」と河盛教授はメタボリック症候群の怖さを説く。

 諸悪の根源である内臓脂肪を減らす努力、ダイエットは不可欠だ。

 河盛教授は興味深いデータを示してくれた。体重が平均100キロ以上の20人が3カ月かけて減量に挑戦したが、結果的には平均6キロしか減らせず、全身の脂肪量も10%しか減らなかった。ところが肝臓の脂肪蓄積は実に40%減少し、その結果、肝機能を示す数値が軒並み好転したほか、糖尿病の進行段階を示すブドウ糖負荷実験の結果も劇的に好転した、という。

 皮下脂肪は「定期預金」、内臓脂肪は「普通預金」という比喩がよく使われる。皮下脂肪は、身体が衰弱したり栄養が不足した時など、いざという時にエネルギーを引き出すために蓄積されている。逆に言えば、緊急時以外は燃えにくい。一方の内臓脂肪は、ちょっとした運動でも簡単にエネルギー源として利用されるという性質がある。つまり、燃えやすい。

 「命を守る」ダイエットは、少しの心がけで大きな改善効果が期待できるのだ。

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