新潟と横浜にみる自治体の危機管理 新潟県は2004年10月の新潟県中越地震、今年7月に起きた新潟県中越沖地震と立て続けに地震に見舞われた。その危機のただ中にあって陣頭指揮を執ったのが泉田裕彦知事だった。
一方、横浜市は危機管理対策を最重要施策と位置づけ、自治体のなかでも積極的に体制の整備を行っている。そのキーマンが危機管理監の上原美都男氏である。
防災リスクマネジメントに詳しい時事通信社の中川氏が司会役となり、泉田・上原両氏に震災から復興までの取り組みや課題、地域住民と行政、企業の助け合いの在り方などを語ってもらった。
なお、本記事は、危機管理産業展(RISCON TOKYO)2007において行われた危機管理セミナーの内容に基づいて、日経BP社が独自に抜粋、編集したものである。

文/吉村克己、写真/小久保松直
2007年12月21日

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時事通信社・防災リスクマネジメントWEB編集長 中川和之氏 時事通信社・防災リスクマネジメントWEB編集長 中川 和之氏

中川
 まずは、泉田知事に新潟県を襲った二つの地震についてお話しいただき、その後、上原さんから横浜の取り組みをご説明いただければと思います。

泉田
 新潟県は3年間で、2度の地震に見舞われた上に、豪雪や豪雨にも襲われました。そうした経験を通じて思ったのは、災害は1回1回顔が違うし、災害後の初動と復興は分けて考えるべきだということです。

 平成16(2004)年10月に起きた新潟県中越地震はマグニチュード(M)6.8、最大震度7で、小千谷市や川口町が大きな被害を受けました。また、今年7月に起きた新潟県中越沖地震もM6.8、震源地に陸地があれば最大震度7を記録していたはずです。

 この二つの地震の距離はわずか数十キロしか離れておらず、同じような規模にもかかわらず、被害の状況は全く違います。

 中越地震では中山間地型の地震で、亀裂、土砂崩れ、崖崩れなどによって道路が寸断され、山間部の集落が孤立、通信も途絶しました。情報がないなかでの救助活動は困難を極めました。

 公共インフラが大きな被害を受け、河川に土砂が入り込み、水があふれて家が水没する被害が続出しました。史上初の全村避難命令を発令し、県内すべての首長に連絡を取りました。

 しかし、通信網が切れた震源地の川口町と山間部の山古志村だけは連絡が取れず、山古志村の村長と話ができたのは翌朝のことです。

 状況が分からず、陸路では救助にも行けないなかで、頼れるのは自衛隊のヘリコプターだけだったのですが、連隊に出動要請しても断られ、旅団長に連絡しても動いてくれず、やむを得ず陸幕長(陸上幕僚長)に電話して、ようやく出動してくれたのです。

 また、牛などの家畜や養殖の錦鯉なども被害を受け、生活そのものが打撃を受けました。都会では自宅が被害を受けても、職場を失うことはないでしょうが、中山間地域では職住一体のため家を直せば済むというわけではありません。

 復興で生活を取り戻すためには環境そのものを回復しなければなりません。建物やインフラの復旧だけでなく、「生活再建」が大事なのです。

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