すわ地震、そのとき家づくりのプロたちは 3年前の中越地震に続き、今年7月に再び巨大地震に見舞われた新潟県中越地方。ここで暮らしながら、家づくりの仕事に携わっている日経ホームビルダー読者8人が、今回の地震発生時から現在までの体験を詳しく語ってくれた。復旧に追われる多忙な彼らが長時間のインタビューに快く応じてくれた理由は、肌身の体験と教訓を全国の読者と共有し、またどこかで起こるかもしれない大地震での被害を少しでも減らしたい、という一念だろう。彼らの生の声を忠実にお伝えする。

談話まとめ:渡辺圭彦=ライター(日経ホームビルダー)
2007年10月3日

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耐力壁の少ない家をもうつくる気はない

品川勝哉さん
(柏崎市在住)

品川建設社長。1941年生まれ。戦前に創業した先代のあとを、40歳の時に継いだ。柏崎市内を中心に、公共事業の土木工事、住宅の新築・増改築を手掛けている。住宅の新築は年に数棟程度で、OB客のリフォームやメンテナンスが多い。地元に密着し、先代から伝わる昔ながらの木造建築の技術を大切にしてきた。

 朝の10時ごろだったね。自宅の外でタバコ吸ってて、いすに座ってた。いきなりドスーンときたもんだから、その勢いでスポーンと、いすから放り出された。ものすごかったわ。

 中越地震のときも揺れたけど、あれは横揺れだけ。今回は真下から突き上げてきた。そのあとゆっくり揺れて、1階がつぶれたんですよ。

 土台を見るとね、柱がすっぽり抜けてるの。台風なんかで倒れるときは、柱と土台の接合部のところで折れるもんだけど、今度は、柱のほぞも土台もそのまま残ってたからね。地震の衝撃で、建物がいったん飛び上がって、落ちたときの勢いで1階がつぶれた。そういう感じだった。

 屋根は入母屋で、屋根鼻を大きめに出していた。瓦を葺いていたし、屋根自体もとても重かったと思う。そりゃひとたまりもないはずだ。

左奥が、倒壊してしまった母屋。公共の復旧工事に追われて、自宅の片付けは手つかずのままだ。右奥に見えるのは、倒壊を免れた増築部分

 本震の直後は、2階部分は倒れてなかったんですよ。注意しながら中に入って、見てみた。台風にやられた家なら、力がかかる仕口のところで折れるもんだけど、そうじゃなかった。鴨居の下端から30cmぐらい下に、ひびが横に、ずーっと入っていた。直下からの衝撃のあと、大きな揺れで屋根が振り回されて、無理矢理もぎとられた。そんな印象を受けた。

 で、午後1時過ぎに余震が来て、ズドーンなんて音がしたと思ったら、2階部分も倒れたんです。

 3年前の中越地震のときは震源地から距離があったし、この家は土壁がちょっと落ちたくらいで済んだ。そのときは、壁の土を全部取って、構造用合板で補強しようかという考えもあったわけ。だけど、そこまでやるのは大変だから、と。

 下地に5.5mm厚のベニヤを接着剤で張って、内装をし直した。まあ、これでしばらくは地震もねえだやと。この次、家がつぶれるような地震は、我々の時代にはねえだろうと。それまでには建て替えもあるだろうし、深く考えなくてもいいと思ったんだ。

 もし、壁に構造用合板を入れていたら……。つぶれなかったかもしらんなあ……。何を言ってもあとの祭りだけどね。

 地震があった日の夜は、避難所には行かないで、車で過ごした。翌日からプレハブと仮設トイレを手配して、仮住まいできるようにして。いまは住まいも事務所もプレハブ。120坪の家に住んでいたのが、いきなりこうだものね。

 そうはいっても、いまは自分の家なんか構っていられない。うちは、いまは土木もやってるんで、やっぱり公共の復旧工事が先だからね。

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