特集:
拡散するアスベスト被害
将来に残す二つの禍根

 アスベストの被害が拡大している。2005年7月15日現在,アスベストが原因の疾患による死亡者は374人に達した。甚大な数字だが,死亡者数は今後さらに増え続けるとみられる。ここにきて,こうしたアスベスト被害が次々と明らかになるのには「必然」といえる理由がある。そして我々は,今回のアスベスト禍から,ある教訓を学び取らなければならない。第二,第三のアスベスト被害を出さないために。

文/荻原 博之(日経ものづくり)
2005年8月11日

●編集長からのメッセージ

 この記事は『日経ものづくり』8月号の「事故は語る」として収録した記事を再編集したものです。「事故は語る」はさまざまな事故について技術的・人為的な要因を冷静に分析,再発防止のための情報を提供するコーナーです。最近は重大事故の多発を受け「三菱ふそうトラックのハブ破断事故」「美浜原発事故」「六本木森ビル回転ドア事故」「福知山線横転事故」そしてこの「アスベスト」などを取り上げました。センセーショナルな取り上げ方ではなく,あくまで理論的な視線で分析している点で高い評価を受けています。

 製造業での問題解決と技術革新を支援するという方針のもと,ものづくりに関する情報を多岐にわたってとりあげる『日経ものづくり』の柱の一つとして,事故・安全についての情報は大変重視しています。9月末には,上記のような最近の重大事故に関する記事を集大成した「重大事故の舞台裏」を刊行する予定です。こちらにもご期待ください。
(木崎健太郎/日経ものづくり編集長)

図1 クボタの記者会見
アスベスト問題で会見するのは,クボタの伊藤安全衛生推進部長。写真:日本経済新聞社【クリックで拡大

 日本中を恐怖に陥れた今回のアスベスト(石綿)(※1)禍の震源は,日本最大のアスベストユーザーだったクボタ。2005年6月29日,同社は記者会見を開き,1978~2004年度の間に社員や関係会社社員(共に退職者を含む)79人が肺がんや中皮腫(※2)で亡くなっていたことを明らかにした(図1)(※3)。

 このクボタの発表後,アスベスト被害の状況は雪崩を打ったように次々と白日の下にさらされていく。そして経済産業省の調査で,2005年7月15日までに,アスベストが原因の疾患による死亡者は374人に膨れ上がった(表1)。

(※1) アスベスト 天然に産する繊維状ケイ酸塩鉱物。ILO(国際労働機関)によれば「岩石を形成する鉱物の蛇紋石および角閃(かくせん)石グループに属する繊維状の無機ケイ酸塩」。蛇紋石系のクリソタイル(温石綿,白石綿),角閃石系のアモサイト(茶石綿),クロシドライト(青石綿),アンソフィライト,トレモライト,アクチノライトの6種類。このうち,工業的に大量に使われたのは,クリソタイル,アモサイト,クロシドライト。用途の9割以上は建材。ほかには,自動車のブレーキ用摩擦材や化学プラント設備用シール材など。

(※2) 中皮腫 肺や心臓を覆う胸膜,胃や肝臓などを覆う腹膜などに発症する悪性腫瘍(しゅよう)。自覚症状は息切れ,胸痛,せきなど。口や鼻から吸い込んだアスベストが肺から移動して起きる。肺がんに比べ低暴露で発症,潜伏期間が長い。

(※3) 死亡した79人の内訳は,兵庫県尼崎市の旧神崎工場(現阪神事務所)の社員が74人,関係会社社員が4人,神奈川県小田原市の小田原工場の社員が1人。特に被害の大きかった旧神崎工場では水道管や住宅建材を造るために,1954~1975年までクロシドライト(青石綿)を,操業を停止した1995年までクリソタイル(白石綿)を主に使用していた。

表1 アスベストによる死亡者数
経済産業省がアスベスト含有製品の製造企業65社と,その他の確認できたアスベスト含有製品の製造企業などに情報提供を要請。2005年7月15日までに89社から回答を得た。なお,療養者数は,中皮腫で13人,じん肺で53人の合計88人。死亡者数と合わせたアスベストによる健康被害は,中皮腫で127人,じん肺で207人の合計462人。(経産省の発表資料から死亡者数のみ抜粋)
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図2 アスベストによる悪性疾患
非常にまれな疾患とされる中皮腫は,肺に入ったアスベストが腹膜や胸膜に到達して発症する。

 アスベストによる健康被害は古くから疑われ,公衆衛生などの専門家を中心にそれが肺がんや中皮腫を引き起こすことは周知の事実だった(図2)。しかし今回の一連の騒動の中で,そんな専門家さえ驚愕させる事実が二つあった。

 一つは,1社当たりの被害規模の大きさ。「労働災害では3人以上亡くなると重大災害となる。各社から発表されている死亡者数は,それをはるかに上回る。まさか,これほど被害規模が大きいとは思わなかった」〔中央労働災害防止協会(中災防)労働衛生調査分析センター副所長の工藤光弘氏〕。

 もう一つは,近隣への影響だ。クボタ旧神崎工場の近隣では,半径1km以内に住んでいた住民3人が中皮腫を発症した。「アスベストの被害が及ぶ範囲は,作業者とその家族というのが通説。近隣住民に健康被害が及んだ例は,聞いたことがなかった」(国立環境研究所環境健康研究領域健康指標研究室室長の平野靖史郎氏)。

 拡散するアスベスト被害。これはほんの序章にすぎない。

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