【本当にあった怖い話】信頼は一瞬にして崩れる(第3回)

一澤帆布は休業に

左/職人はすべて信三郎氏についてきた。ミシンを使って一つ一つ手作業でかばんを仕上げる
右/新店舗で店員に囲まれる信三郎氏
写真/大亀京助

 一方で、兄・信太郎氏は次々に追撃の手を打っていた。社長退任後もかばんの製造に携わっていた信三郎氏に対して工房建物の明け渡しを迫り、3月1日午後2時には強制執行にこぎつけた。

 だが、事態はここから思わぬ方向に向かうことになる。70人の職人と社員の全員が信三郎氏とともに一澤帆布を離れたのだ。材料の納入業者も、信太郎氏の会社とは取引しないことを表明、人も作業道具も材料もなくなった一澤帆布は、やむなく休業に至る。それを尻目に、1カ月後の新ブランド立ち上げを誓った信三郎氏と旧一澤帆布の社員たちは、急ピッチでその準備を進めていた。

社員から贈られた「ファイト社長」と題した人形
写真/大亀京助

 「本当にびっくりした。社員、職人がどこに隠していたんやというくらいの才能、気概を発揮した。毎晩10時ごろまで議論して新しいものがどんどんできた」(信三郎氏)

 「応援する会」をはじめさまざまな人にも助けられたようだ。

 「人の縁はありがたいもんや。運送で悩んでいると、事情通の人がトラックを手配してくれる。在庫置き場に困っていると、倉庫を好きなだけ使ってくれと言ってくれる人が出てくる。ほんま、ありがたいことです」

客も「信三郎」を選択

「一澤信三郎さんを応援する会」の中心メンバーの須原陽一氏、山田宗正住職、小島冨佐江さん(写真右から)。「京都は、他人のことには口もださんとお金もださんという土地柄。こんなに多くの方からカンパが集まったことにびっくりしました。みなさん義憤に駆られたんだと思いますね」(小島さん) 写真/大亀京助

 新しい店を「一澤帆布」の斜め向かいに構え、なんとか商品も用意ができた。しかし、信三郎氏は不安を隠せなかった。

 「お客さんとは店頭で世間話をしながら長年、信頼関係を築いてきた。しかし、それは一澤でのこと。一澤の名を外した新ブランドが、果たして受け入れてもらえるのだろうか」

 「開店でお客がいないと格好が悪いから、若い人集めましょうかなんて話していたんですよ」(応援する会の小島冨佐江さん)といった心配をよそに、全国から大勢のファンが集まってきた。以前からの一澤帆布ファンだけではなく、一連の事件報道を聞いて駆けつけた人も多いという。

 「結局、信三郎さんの人柄、そしてものづくりに対する姿勢に共感し、みなさん付いてきたんですね。京都の奇跡だと思います」(山田住職)

一澤信三郎帆布

本社………京都府東山区
設立………2006年3月
事業内容…「信三郎帆布」ブランドなどのかばんの販売




日経ベンチャー(2006年5月号)
上記の記事「【本当にあった怖い話】信頼は一瞬にして崩れる(第3回)」は、『日経ベンチャー』2006年5月号の特集から掲載したものです。
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