特集:
【本当にあった怖い話】信頼は一瞬にして崩れる(第2回)
取材・文/宇賀神 宰司、小野 田鶴(日経ベンチャー)、松田 勇治(フリーランスライター)
2006年6月6日
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社長不在で店に異変
また一から人づくり

一風堂は85年、福岡市内に一号店をオープンした
写真/小森義昭
「あんなに悲しい光景はなかった。久しぶりに地元の福岡に帰ると、常連の姿が店にない。たまたま街で出会っても、何だか避けられているようで」
福岡で2店舗のラーメン店「一風堂」を経営していた河原成美社長のもとに、新横浜ラーメン博物館への出店話が舞い込んだのは1994年のことだった。その出店準備で横浜に張り付いている間に、異変は起きた。
「スープがぬるい」「いつまで待たせるんだ」と、福岡の店でクレームが殺到したのである。

「ダストボックスを見ないとサービスは向上しない」と語る河原社長
写真/小森義昭
河原社長は、厨房に備え付けられたダストボックスを見てその深刻さを再認識する。みるみる間に残飯で一杯になってしまうのだ。自分が厨房を取り仕切っていたときは、一日忙しく働いても残飯はダストボックス3分の1にもならなかった。「客に残さずすべて食べてもらう」。それが一風堂の誇りだったはずなのに。
人気上昇の影で危機感を募らせる

95年に誕生した全店舗で人気ナンバーワンの「赤丸新味」
写真/小森義昭
ラーメン博物館に出店したことで知名度が上がり、福岡でも客が急増したことも事態を悪化させた。経験したことのない注文数の多さに、店員は対応しきれない。挨拶(あいさつ)もおざなりになり、細かい気遣いもできなくなっていたのだ。
抜本的な対策が打てないまま、一風堂は全国に拡大していった。今では全国に30店舗、ファンも増えた。うれしいことではある。だが同時に、二度と来なくなる客も作ってしまった。そのことが河原社長には悔やまれてならない。

社員全員に手帳に日記を付けることを義務付けている
写真/小森義昭
2005年、河原社長は徹底した社員教育に乗り出した。現場に自分がいなくても、全店で高いサービスが展開できることを目指したものだ。
「94年の教訓は、顧客を失うのは一瞬だが、呼び戻すには気の遠くなるような時間と努力が必要になるということ。でも、それができてこそ一風堂は本物になるのです」
本社………福岡市中央区
売上高……64億円
(2005年12月期)
設立………1986年
事業内容…ラーメン店などの飲食店経営
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