特集:
“働きすぎ”の自覚がある人は要注意
――労災認定・過労死の現状
まじめな人ほど、過労による健康障害・精神障害のリスクは高まる

 過労死とは、「仕事による過労やストレスが原因の一つとなって、脳・心臓疾患、呼吸器疾患、精神疾患等を発病し、死亡または重度の障害を残すに至ること(『過労死110番全国ネットワーク』ホームページより引用)」である。今では広く認知されている言葉だが、その歴史はそれほど古くない。今回は過労死が労災として認められるまでの概要や現状、予防策などについて、過労死弁護団全国連絡会議代表幹事で弁護士の岡村親宜氏に話を聞いた。

文/藤崎典子、写真/赤坂智洋
2006年3月9日

過労死が社会問題化してから今日までの経緯

 過労死という言葉が初めて世間に注目されたのは、『ストレス疾患労災研究会』が『過労死110番』という全国電話相談ネットを立ち上げた1988年のことである。過労死110番は、業務上の過労やストレスが原因で発病したり、死亡した場合の労災補償および事業主に対する損害賠償に関する相談を受けるための窓口として設けられた。

過労死弁護団全国連絡会議代表幹事
弁護士 岡村親宜氏

 「当初は全国7カ所、1日限りのつもりでしたが、窓口を開くことが知れると、1週間も前から電話がかかってくる状態でした。受付終了後も相談の電話は止まらなかったため、48都道府県に110番窓口を常設、現在に至ります」(岡村氏)。

 過労死110番は開設とともに大きな社会的反響を呼んだ。これまで「自分の家族は明らかに働きすぎが原因で倒れているのに、なぜそれが認められないのか」という、行き場のない思いを抱いた人々が、数多く存在していたのだ。また、この状況は報道でも大きく取り上げられ、「karoshi」という言葉は世界的に知れ渡ることにもなった。日本人は勤勉に働き、順調に利潤を上げ、市場を拡大させたが、その裏には働き過ぎで倒れて死んでいく人たちが大勢いる。日本が戦後、食うや食わずの状態から、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になった秘密のカギはここにある、と注目されたのだ。

 過労死に対する認識は広まった。しかし企業中心の社会の中において、問題解決への道はまだまだ遠かったといえる。過労死110番が活動を開始した1988年から1994年までの7年間で労災認定された過労性脳・心臓疾患(過労死)は、年間30件前後しかなかったのだ。

 「1961年から1987年までは、労災の認定基準は『発症の当日に、従前の業務に比べて、特に過激な業務に従事したことによる肉体的・精神的負担がなければならない』としていました。発症当日に特別に変わった過酷な仕事をしていなければ労災として認められていなかったため、ほとんどのケースは当てはまることがなかったのです。しかし、毎日同じような業務を行っていく中で、人は体調を悪くしていくのです」(岡村氏)。

『時間外労働と健康障害のリスク』(資料提供:厚生労働省)
※1 この図は、労災補償に係る新しい脳・心臓疾患の労災認定基準の考え方の基礎となった医学的検討結果を踏まえて策定された「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(平成14年2月12日付け基発第0212001号)に基づく事業者が講ずべき措置等の概要を示したものです
※2 業務の過重性は、労働時間のみによって評価されるものではなく、就労態様の諸要因も含めて総合的に評価されるべきものです
※3 総合対策での時間外労働は、一週間当たり40時間を超える部分のことです
※4 2~6カ月平均で月80時間を超える時間外労働とは、過去2カ月間、3カ月間、4カ月間、5カ月間、6カ月間のいずれかの月平均時間外労働が80時間を超えるという意味です

 このような状況と戦うため、過労死110番は被災者や遺族らとともに、地道に労災審査官・労働保険審査会への不服申し立てを行った。さらに業務上認定を要求して、不支給処分の取り消しを求める裁判を提訴していった。裁判で勝訴判例を積み上げていくうち、行政機関の制定した認定基準の壁を突き崩すような労働側勝訴の判例が年に4~5件出るようになっていったという。

 さらに流れを変える転機となった判決に、1996年3月の『電通事件』東京地裁判決がある。これは、電通に勤めていた息子が、長時間勤務による過労からうつ病になり、自殺に至ったことについて、両親が会社を相手取り、損害賠償を求めた訴訟である。それ以前には、「過労自殺」が労災に認定されたケースはなかった。しかし、電通事件では、東京地裁が長時間労働とうつ病との因果関係を認め、会社に労災裁判史上最高額の約1億2560万円の損害賠償を命じる判決を下したのだ。

 この判決が出て初めて「うつ病というのは、過重な労働でもなることがある」という考え方が一般に浸透した。この時期、過労死110番にも、これまでは口外することをタブー視する傾向にあった精神障害や過労自殺に関する相談が急増したという。過労死の統計は存在しない。しかし、過労死110番がその活動を通じて把握している現状では、過労により精神障害に陥って自殺した人は年間5千人以上、その予備軍ともいえる精神障害を持った人は常時数十万人いることが考えられるという。「現在過労死性脳・心臓疾患の労災認定は、年間800件前後請求して300件程度、精神障害・過労自殺では年間約500件請求して130件程度が認められるようになりました。しかし、過労死をめぐる労働の環境は相変わらず改善されていません」(岡村氏)。

厚生労働省『脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成16年度)について』より
※1 本表は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号の「業務に起因することの明らかな疾病」に係る脳血管疾患及び虚血性心疾患等(「過労死」等事案)について集計したものである
※2 認定件数は当該年度に請求されたものに限るものではない
※3 平成13年12月に脳・心臓疾患の認定基準が改正されている
※4 平成14年度以前の死亡に係る請求件数については把握していない

厚生労働省『脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(平成16年度)について』より ※1 認定件数は当該年度に請求されたものに限るものではない
※2 平成11年9月に精神障害等の判断指針が策定されている

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