どん底からの復活!

倒産から復活!
這い上がった男たちが見出した真実

 企業にとって最大のどん底は倒産だ。
 社長自らが苦悶するのはもちろん、社員、顧客、取引先、銀行に対し多くの罪を作ることになるからだ。
 しかし、うつむいていても始まらない。
 必死で再起する人間ドラマを追った。


這い上がるエネルギーは家族の顔、仲間の顔
感謝の思いを胸に歩む

05年2月20日の手帳には、再起への思いをこめ、赤ペンで「決心」と書いた
写真 堀 勝志古

 倒産を決意した日のことは、今もはっきり覚えています。

 2002年7月13日、土曜日に携帯電話が鳴りました。

 「申し訳ない、私の力不足で……」

 師と仰ぐ人のその言葉を聞いた瞬間、もうやめにしよう、と覚悟しました。

 当時、私の会社は資金ショートの危機にあり、彼は勤め先のオーナーに資金援助を頼んでくれていた。が、説得できずにいる、という電話でした。

 このままでは、大事な友も師匠も全員失ってしまうと思った。資金繰りに追われるようになって2年、これから私はもっと姑息なことをするだろう。融通手形を振り出し、消費者金融に手を出し、仲間に金を無心して回る……。

 それをしてはいけない。

 8月12日、受任通知を発送。そして9月に自己破産を申請。

 日を追うに連れ、自責の念に苦しめられました。家族や友人にこんなに迷惑を掛けて、なんてことをしでかしたのか、と。雇われ営業マンとして街を歩きながら、よく涙を流したものです。

 その間、随分、周囲の人たちに支えてもらいました。「頑張れ」などと言わず、優しく見守ってくれた妻。折に触れて、「朴さんを励ます会」といった名前の食事会を開いてくれた、昔の経営者仲間たち……。

 05年4月、IT支援サービスを手掛ける個人事業主として独立しました。

 再起のエネルギーになったのは、やはり、家族の顔、仲間の顔。「支えられている」という実感です。

 倒産の原因は、私の見栄です。調子のいい時に過剰投資して、しかし、それらの投資は、お客様に提供する“質”の向上につながっていなかった。「CS(顧客満足)」なんて口先だけで、結局は自己満足だったのです。

 今の商号の「カムサ」は、韓国語で「感謝」を意味します。自分を支えてくれた人々、そしてお客様への感謝の気持ちを忘れずに、これからの人生を歩んでいきたいと思います。

(談)

朴 寅鎬(ぱく・いの) 倒産直後、よく歩いた並木道で
写真 堀 勝志古
朴 寅鎬(ぱく・いの)

1962年、名古屋市出身。高校卒業後、父の創業した電気工事会社に入社。94年、社長就任。2002年、会社を整理。
05年4月、個人事業として「カムサ」を創業


















SAFETY JAPAN メール

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。