特集:
どん底からの復活!
苦境で社長が悟った経営の真髄
が、世の動きに乗っている経営者ばかりがすごいのだろうか?
企業が危機に陥るのは実にたやすい。不祥事、過剰投資、与信の甘さ……。今は我が世の春でも、一寸先は分からない。
むしろ、一度はどん底に突き落とされながらも這い上がってきた経営者にこそ、この時代を生き抜くすごみがある。
逆境を跳ね返し、復活した6人の経営者たちから“生きた経営学”を学びたい。
取材・文/宇賀神 宰司、小野 田鶴(日経ベンチャー)
写真/AFLO
2006年1月31日
【復活物語】
「悪質な訪問販売業者」の烙印でどん底へ
ソーラーに賭ける野武士集団の壮絶な闘い
林 武志
「まだ完全な復活とは言えません。でも、あの日からの8年間、私は決して倒れなかった」
あの日とは、1997年の国民生活センターによる社名公表のことだ。
訪販業者にとって“死刑”宣告にも相当する処置を受けながら、倒れなかった林武志の執念とは。

1997年4月10日、日本経済新聞朝刊に掲載された、朝日ソーラーの社名公表を伝える記事
1997年4月10日、東京都内のマンションの一室。朝刊を手にした林武志が震えていた。「朝日ソーラー社名公表へ、訪販で苦情急増、悪質と判断」――信じられない文字が目に飛び込んできた。大スクープだった。
「うそやろ?」
林は何十回と顔を引っぱたいた。ほおが腫れ上がった。頭髪に手をやり思い切り引っ張ってみた。手にはごっそり抜けた髪の毛が残った。夢ではなかった……。
83年、副社長の市川和秀と2人で朝日ソーラーを創業。たった14年間で、社員数2746人、年間600億円を売り上げる「最強の販売軍団」に育て上げてきた。その栄光と野望が崩れ去った瞬間だった。その日、林はマスコミへの対応に追われた。社員の手前、平静を装ったが、自分が自分ではなくなっていた。
* * *

行き過ぎた営業があったことは事実。国民生活センターから事前に通達があったことも、林は知っていた。しかし、まさかこんな形で報道されるとは全く想像していなかった。
しかし、ショックに打ちひしがれる間などない。林の行動は速かった。自らを委員長とする「営業倫理改善委員会」を設置。2週間営業を自粛し、その間、恵比寿の東京本社に1日300人ずつ、ほぼ全社員を集めた。林はまず社員とその家族に対して謝罪。今後について徹底的に議論した。
「起こってしまったことはしょうがない。国が決めたことだ。世の中が許さないことをするのは、もう絶対にやめよう」
どうしたら二度と不祥事を起こさないか。林はチェック体制の構築に着手した。契約後、営業に問題がなかったかどうかを本社から顧客に直接電話を掛け確認。もし、過剰トークや強引な販売があればキャンセルにも応じる。多重販売の禁止、70歳以上の高齢者に販売するには、家族などの同意を必要とすることなどを次々と決めた。
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