集落の外れにあった工場では、化学肥料をつくっていた。輸送用の鉄道引き込み線のわきにあった建物は、コンクリート製の柱だけを残して倒壊し、無残な姿をさらしている。
崩れ落ちた化学肥料工場。レンガ壁が崩壊し、コンクリートの柱と梁だけが残る(写真:日経アーキテクチュア)
工場の敷地に入ると、建物の大半が倒壊していた。道路がひび割れ、損傷した設備が放置されている。工場関係者が建物解体などの作業に追われていた。報道では、プラント施設の倒壊でアンモニアや硫酸といった劇物が漏れ、近くを流れる川に流れ込んだという情報も伝えられていた。
工場内部のプラント施設。足元にはレンガの破片が散らばる(写真:日経アーキテクチュア)
敷地の奥では、建物の解体作業が進められていた。鉄骨造の建物がひしゃげている(写真:日経アーキテクチュア)
工場関係者に声をかけられる。「地震被害の調査に来たのだ」と伝えると、「発生当時はこんなものではなかった。数日、来るのが遅かった」と彼は言った。
工場敷地内に張っていたテントには、配給物資が運び込まれていた(写真:日経アーキテクチュア)
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